SNSの凍結、尾行、盗聴も…新型コロナウイルス対策に疑いの目を向ける武漢市民に当局の容赦ない圧力
武漢で起きていたこと
この記事の写真をみる(16枚)

 苦しそうな息遣い、身体のあちこちに繋がったチューブ…。去年1月、中国・武漢で起きた新型コロナウイルスのパンデミック初期の患者を捉えた映像だ。撮影したのは男性の息子。骨折で入院したところ院内感染。数日後に死亡した。

 「新型コロナに打ち勝った英雄の街」と褒め称えられている武漢。一方、情報隠蔽を疑い、憤る遺族に対し当局の監視の目は強まった。あれから1年以上が過ぎ、遺族たちの声はかき消され、美しく塗り替えられようとしている。

【映像】遺族の1年におよぶ闘いを通じて、“英雄の街”武漢の真実を明らかにする

■感染状況の発表の遅れは、会議が開催中だったため?

SNSの凍結、尾行、盗聴も…新型コロナウイルス対策に疑いの目を向ける武漢市民に当局の容赦ない圧力
拡大する

 古くから交通の要所として栄え、中国随一の桜の名所としても知られている湖北省・武漢市。「日常は戻りました。みんな喜んでいます」と嬉しそうに話す女性。しかし1年余り前、この町は世界で初めてコロナ禍に襲われていた。医療崩壊が起き、衛生当局の発表だけで5万人以上が感染、3800人以上が死亡したとされている。

 「中国共産党や政府の決定がなければ、いまの武漢はなく人々に笑顔もありませんでした。国家指導者に感謝しています」という声もあるが、いまだ季節が止まったままの人々もいる。

SNSの凍結、尾行、盗聴も…新型コロナウイルス対策に疑いの目を向ける武漢市民に当局の容赦ない圧力
拡大する

 「花見なんてしたくありません。新型コロナで傷ついた人々の憤りや悲しみは今も続いているんです」。そう話すのが、冒頭の映像を撮影した張海さん(52)だ。自宅の父の寝室はそのままにしてある。「食事の時、父はここです。死んだ後も私は隣に座ってしまいます」「父の服を見ると、死んだのではなく、出かけていて、すぐに家に帰ってくるような気がします。父が使っていた補聴器です。武漢に戻る時に修理したばかりなのに、父はもういません」。

 長年、武漢に暮らしていた父・張立法さんは中国人民解放軍の軍人だった。認知症を患い、2年前から張海さん一家と南部の都市・深センで一緒に暮らしていたが、去年1月、転んで足を骨折。武漢の軍関係の病院であれば無料で手術が受けられるため、武漢に戻った。

SNSの凍結、尾行、盗聴も…新型コロナウイルス対策に疑いの目を向ける武漢市民に当局の容赦ない圧力
拡大する

 当時の国営テレビCCTVのニュース映像を見ると、武漢市の衛生当局は当初「原因不明の肺炎のヒトからヒトへの感染は認められない」としていた。張海さんも、「病院に来る患者は誰もマスクをしていなかった。バスにもよく乗ったが、誰もマスクをしていなかった。一般市民は、命を奪うウイルスが人々の間でまん延していたことを知らなかった」と振り返る。

 衛生当局が感染者数の発表を始めたのは、1月10日分からだった。当初の感染者数はほとんど増えず横ばい。この時期、武漢では1年で最も重要な政治会議が開催されていた。武漢市や湖北省の役人たちはウイルスの流行を認識しながらも、会議の期間中に感染拡大が公になれば支障がでると考え、少なくとも17日までは事実を隠蔽した可能性が高いと指摘されている。

SNSの凍結、尾行、盗聴も…新型コロナウイルス対策に疑いの目を向ける武漢市民に当局の容赦ない圧力
拡大する

 20日、立法さんの手術は無事成功、しかしその日の夜、中国政府が武漢に派遣した調査チームが「ヒトからヒトへの感染は間違いない」と発表。これ以後、衛生当局が発表する感染者数は爆発的に増加。3日後、武漢では都市封鎖(ロックダウン)が行われる。しかし状況はすでに手遅れで、市内の病院には患者が殺到、さらに院内感染によって入院用ベッドが不足する医療崩壊が発生した。

■警鐘を鳴らした医師への処分後、市民の発信への検閲が強化

SNSの凍結、尾行、盗聴も…新型コロナウイルス対策に疑いの目を向ける武漢市民に当局の容赦ない圧力
拡大する

 「この病棟の5階だった。みんなが防護服を着ていて、とても怖かった。病室には入るなと言われたが、無理やり入った。どうしても父の側にいたかった」と張海さん。骨折の手術を終え順調に回復していた立法さんだったが、術後6日が経った1月26日に突然発熱。隔離病棟に移される。PCR検査の結果は陽性。そう伝えられた時には、すでに意識はなく、脳死状態にあった。

 そして1週間後の2月1日、立法さんは亡くなる。76歳だった。「撮影しないで」と張海さんに指示する防護服姿の医療従事者。これが父子の最後の別れとなった。「地元政府は予防・コントロール可能で、ヒトからヒトへの感染はないと言っていました。だから病院は安全な場所だと思っていました。しかし父が死んでから理解しました。病院に行かなければ父は感染しなかったと、あの頃の病院は最も危険な場所だったんだと」。

SNSの凍結、尾行、盗聴も…新型コロナウイルス対策に疑いの目を向ける武漢市民に当局の容赦ない圧力
拡大する

 武漢の人々は、なぜ新型コロナウイルスの危険性を知ることができなかったのだろうか。

 2019年末、いち早く新型肺炎の発生をSNSに投稿した武漢の李文亮医師。しかし公安当局から「デマを流した」と訓戒処分を受け、以後、ウイルスの危険性を周囲に伝えようとする市民の発信への検閲が一気に厳しくなったとみられている。そして李医師自身、感染して死亡することになる。

 中国で10億人が利用する“中国版LINE”の「WeChat」などのアプリを解析したカナダ・トロント大学の研究チームによれば、新型コロナウイルスに関する言葉が初めて削除されたとみられるのは2019年末のこと。さらに「ヒトからヒトへ感染」などの情報発信も遮断されていったという。

SNSの凍結、尾行、盗聴も…新型コロナウイルス対策に疑いの目を向ける武漢市民に当局の容赦ない圧力
拡大する

 市民の一人は、「(ヒトからヒトへの感染は)かなり経ってから知りました。全く知らなかった。隠蔽されていたと思います。どこにもそんな情報はありませんでした」と振り返る。情報が不足する中、住民たちは旧正月を前に手作り料理を持ち寄って数万人規模の大宴会を開催。大規模なクラスターが発生する。

 「マスクを外す理由は、隠れてコソコソしたくないからです。これが私です。正々堂々、武漢市の責任を追及します」。父の死から5カ月後の6月、張海さんは行動を起こす。武漢の遺族として初めて、感染情報を隠蔽したとして地元政府などを提訴したのだ。さらに武漢市などの初期対応の遅れや情報公開の不手際を批判するコメントをインターネットで発信、他の遺族にも提訴を呼びかけた。

■ジャーナリストに懲役4年の実刑判決も

SNSの凍結、尾行、盗聴も…新型コロナウイルス対策に疑いの目を向ける武漢市民に当局の容赦ない圧力
拡大する

 しかしその後、張海さんの周辺で異変が起き始める。「尾行されている」。私たちのもとに届いた張海さんからのメッセージ。自宅マンションの駐車場で「なぜついてくるんだ?」と声を掛けるも、何も答えずに携帯画面を見続ける男性の映像も。

 別の日には、自宅に警察がやってきた。「ネットに情報を上げましたね」「何を上げたっていうんだ?」「自分が一番わかっているでしょう」。警察署に連行され、夜中まで待たされた。

SNSの凍結、尾行、盗聴も…新型コロナウイルス対策に疑いの目を向ける武漢市民に当局の容赦ない圧力
拡大する

 この経験から、私たちも取材を移動中の車内で行うようになった。「ある遺族は、公安当局にはっきり言われたことがある。病院の責任を追及するなら、我々は何も言わない。しかし政府の責任を追及するなら申し訳ないが監視・コントロールすると。これは明らかな脅迫だ。武漢では、遺族のグループチャットは全て監視されている。WeChat、電話、Weibo、全て監視されている。どんな発言をしているかは全部筒抜けだ」。

 そして800万人近くが閲覧したという張海さんのSNSは、突然アカウントが凍結されてしまう。「これが私のWeiboです。発信しようとすると“アカウント異常”と表示されます。検閲されて初めて、今まで知らなかった政府のダークサイドを知りました」。取材した遺族の1人も「監視されています。SNSやメール、電話、すべて筒抜けです。これ以上話すと危険です。数カ月監視されていて、もう話せません」と語った。

SNSの凍結、尾行、盗聴も…新型コロナウイルス対策に疑いの目を向ける武漢市民に当局の容赦ない圧力
拡大する

 発信する手段を失った張海さんは海外メディアの取材に応じることにした。しかし警察は「反中国の海外勢力は、あなたの発言の本来の意味を無視して一部を切り取って利用して中国政府を非難している」と批判、圧力は家族にも及んだ。

 ジャーナリストたちの身柄拘束も現実のものとなっていった。治安当局は、これまでに少なくとも4人の市民ジャーナリストを拘束。YouTubeで武漢の実情を世界に訴えた市民ジャーナリストの張展さんに至っては、懲役4年の実刑判決を受けている。

SNSの凍結、尾行、盗聴も…新型コロナウイルス対策に疑いの目を向ける武漢市民に当局の容赦ない圧力
拡大する

 これまでに武漢では、張海さんを含む遺族6人が提訴に踏み切っている。ところが裁判所は理由を示すことなく、いずれも却下している。その一方、湖北省では役人の大量処分も行われている。中国共産党と中央政府の発表によれば、その数、1万5000人余り。省監察委員会によれば、理由は「職務怠慢」と「規定違反」だという。

 去年3月、武漢を視察、市民を称賛した習近平国家主席。中国政府は市内の感染者が減少に転じると、武漢を“英雄都市”として、コロナ対策の成功例としてアピールし始める。中国外務省の趙立堅副報道局長は、夏に市内のプールで開催された音楽イベントにマスクを着けていない若者たちが殺到、すし詰め状態になったことを「欧米諸国の国民がショックを受けているそうだ。中国政府がウイルス対策に戦略的に勝利したことを示している」と胸を張った。

SNSの凍結、尾行、盗聴も…新型コロナウイルス対策に疑いの目を向ける武漢市民に当局の容赦ない圧力
拡大する

 さらに防護服や人民解放軍の活動の様子などを展示する大規模な展覧会も開催され、新型コロナへの勝利をアピール。市民からも、「この戦いを経験している武漢は偉大な都市で、武漢の人々は英雄だ」との称賛も上がった。

■「私はあきらめない。命の価値は一般庶民も同じ」

SNSの凍結、尾行、盗聴も…新型コロナウイルス対策に疑いの目を向ける武漢市民に当局の容赦ない圧力
拡大する

 今年1月、WHO(世界保健機関)が、ウイルスの発生源などを解明するために調査チームを派遣。海外の本格的な調査が入った。同時に、張海さんをはじめとする遺族への監視の目も再び厳しくなっていった。「武漢に戻った翌日、知らない番号から電話がかかってきたたが、出なかった。すると3人が家に訪ねてきた。社区(共産党末端組織)の代表が“戻ってきたね”とメッセージを送ってきたので監視技術が発達していると皮肉った」。

SNSの凍結、尾行、盗聴も…新型コロナウイルス対策に疑いの目を向ける武漢市民に当局の容赦ない圧力
拡大する

 ほぼ同じタイミングで、張海さんら遺族100人が参加するSNSのグループチャットが何の前触れもなく削除された。「訴えを起こしてからは、電話をかけなくなりました。電常に盗聴されているからです。行動を起こしたことで色々なものが奪われ、当たり前の人権さえ失ってしまいました」。事態を打開しようと、張海さんは習近平国家主席に宛てて嘆願書を提出、武漢市の役人を法律に基づいて処罰するよう求めた。しかし警察はこれにも反応した。

 今年4月、武漢の都市封鎖が解除されてから1年を報じるニュース。中国メディアによれば、地元政府は世界で最初に集団感染が確認された海鮮市場の取り壊しを計画しているという。ウイルスがどこから発生したのか解明しないまま、そして、遺族たちの無念の思いも、封じられたまま。

SNSの凍結、尾行、盗聴も…新型コロナウイルス対策に疑いの目を向ける武漢市民に当局の容赦ない圧力
拡大する

 父の遺骨がある武漢の火葬場にやってきた張海さん。「火葬場に来ると、気が重くなると同時に怒りを感じます。(政府は)当時の恐ろしい記憶を全部消そうとしている」。今も、あえて父の遺骨を引き取っていない。

 「遺骨を受け取らないことで、政府に“終わったことではない”と伝えたい。亡くなった犠牲者にも尊厳がある。政府はまだ謝罪していない。強権を振るってコントロールしようとしても、私はあきらめない。命の価値は一般庶民も同じ、政府は庶民をもっと大切にすべきです」。(テレビ朝日制作 テレメンタリー『武漢で起きていたこと』より)

ワクチンの行方2~丸投げされた接種計画~
ワクチンの行方2~丸投げされた接種計画~
多頭飼育崩壊~いまそこに迫る危機~
多頭飼育崩壊~いまそこに迫る危機~
武漢で起きていたこと
武漢で起きていたこと
「2匹の猫が30匹に…」社会的孤立、高齢化、貧困問題が生む“多頭飼育崩壊”の現実
この記事の写真をみる(16枚)