井上尚弥に付け入るスキは“1ミリも”なくなった――。世界戦で“モンスター”はいかにして勝利するのか?
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 モンスターはいかにして勝利するのか――。

 12月14日、両国国技館で行われるバンタム級2冠王者、井上尚弥(大橋)の防衛戦の見どころをワンフレーズで言い表すならそういうことになる。勝負の世界に絶対はない。しかし、モンスターが負けるとは考えられない。バンタム級4団体統一を狙う井上に死角は見当たらないのだ。

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 挑戦者のアラン・ディパエン(タイ)はIBF同級6位にランクされる30歳で、今回が世界初挑戦となる。14戦12勝(11KO)2敗という戦績が示すように、自慢は攻撃力だ。なかなか重そうな右ストレートを打つし、返しの左フックもある。一発は確かに怖い。その一方で、タイ選手らしいゆったりしたリズムで機動力に乏しく、パンチの回転力や踏み込みにもスピードを感じさせない。これまでビッグネームとの対戦もなく、井上に挑戦するのは「荷が重い」というのが正直な印象だ。

 圧倒的不利を予想される挑戦者営からよく耳にする言葉がある。それは「相手がこちらをナメてくれたらありがたい」。楽勝ムードが思いがけない綻びを生み、挑戦者に付け入るスキが生まれる。王者が落とし穴に落ちるのはそんなときだ。それこそが弱者の描くシナリオだろう。

 ディパエンは序盤をそつなく戦い、試合をできるだけ長引かせる。井上の豪快なノックアウトを当たり前のように期待するファンは「あれ?」、「まだKOしないの?」と徐々にストレスを感じ、それが会場の空気を微妙に変えていく。圧倒的に有利だったチャンピオンに焦りが生まれる。力任せに攻める王者にスキが生まれ、挑戦者のパンチが当たり始める。期待のヒーローは格下を圧倒できないままズルズルとラウンドを重ねる。ため息交じりの会場に、試合終了のゴングが響く――。

 これがディパエンにとっては最高の、井上にとっては最悪の展開だ。並のチャンピオンならこういう失態もあり得なくはない。古今東西、強いとみられたチャンピオンがまさかの敗北を喫したり、思わぬ大苦戦を強いられたりしたケースはいくらでもあった。

 しかし、井上の辞書に「油断」の二文字は存在しない。井上はこれまでにも「勝って当たり前」の試合をいくつもこなしてきた。そのたびに「ワナ」に陥らないように細心の注意を払い、常に「12ラウンド戦うつもりでいる」という心意気でリングに上がった。結果、その勝利はいつも危なげないものだった。

 つい最近、井上は自らの哲学を再確認する機会を得た。ライト級統一王者のテオフィモ・ロペスの試合である。ロペスは格好の反面教師だった。

 ロペスは2020年11月、無敵と思われたライト級3冠王者“ハイテク”ワシル・ロマチェンコを下して4団体統一王者となった。そのロペスが圧倒的に有利とみられた今年11月の初防衛戦で、伏兵のジョージ・カンボソスに敗れて王座から陥落したのである。

 この日のロペスはひどかった。スタートから力任せにブンブンとパンチを振り回した挙げ句、1ラウンドにダウンを喫してしまう。その後もたびたび熱くなって雑なボクシングを続け、終盤にダウンを奪い返したものの2-1判定で敗れてしまったのだ。これを見た井上の感想が興味深い。

「ロペスはロマチェンコに勝った次だから楽々倒そうというのがあったと思う。過信しすぎていた。そこに落とし穴がある。この時期にこの試合を見ることができて、ボクシングはクールに、冷静にいかないといけないなと思った」

 早く倒してしまいたい。日本で2年ぶりの試合でいいところを見せたい。そんな気持ちを井上は金庫にしまい、しっかりとカギを掛けた。この時点で2冠王者に付け入るスキは1ミリもなくなった。

 となれば試合の見どころは井上がディパエンをいかに料理するかだ。スタートで相手の実力はすぐに把握できるだろう。だからといって力任せに攻めても倒せない。井上はそのことをよく知っている。じっくりと、ジワジワと、相手を追い込んでいく。初回KOが生まれるとすれば、ディパエンが短期決戦に賭けてきたケースだけだ。井上はディパエンの動きを見極め、強烈なカウンターを叩き込むことだろう。

 ディパエンがガードを固めて慎重にファイトしてきたとする。井上はスタートから全力でパンチを打ち込み、圧倒し過ぎるのは良くない。挑戦者を防戦一方にしてしまわないさじ加減が必要になる。元気な選手が100%ディフェンスに専念してしまったら、井上といえども、そう簡単にノックアウトできるものではない。だからじっくりと、ジワジワと。どこかのタイミングでクライマックスは必ず訪れる。フィナーレまでの「じっくり、ジワジワ」を楽しむ。井上×ディパエン観戦の醍醐味はそこにある。

 この試合は井上が目標とするバンタム級4団体統一戦の前哨戦に位置づけられる。井上が保持しているタイトルはWBAとIBF。WBC王者が19年11月に激闘を演じたライバルのノニト・ドネアであり、WBO王者が井上を挑発し続けるも防衛戦中止で混乱の渦中にいるジョンリール・カシメロだ。

 ディパエン戦に勝利すれば、来春の統一戦は濃厚と言われている。井上が初めてバンタム級の世界王座を獲得してから3年半。いよいよ見えてきた4団体統一に向けて、世界のモンスターがアクセルを踏み込もうとしている。

文/渋谷淳

写真/aflo

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