後を絶たない「失踪」の選択、子どもを産み育てることへの不安…日本で働く外国人が「当たり前の暮らし」ができる日は?
『ともに この国で』
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 開発途上国の人たちに日本の技術を学んで母国の経済発展を担ってもらう「外国人技能実習制度」。しかしその実態は、人手不足を補う「労働力」となっており、後を絶たない「失踪」も社会問題となっている。

 失踪、そして解雇を経て、日本で働きながら子育てをしようとする元技能実習生の夫婦の歩みと、ベトナム人の支援に取り組む人たちの姿を追った。(瀬戸内海放送制作 テレメンタリーともに この国で』より)

■「自分の身を守ったんですよ」

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 岡山市にある、「むき甘栗」などのレトルトパウチを製造する食品会社の工場。ここで去年12月からで働いているベトナム人のグエン・スアン・チュンさん(22)は、この会社に雇われる前、行き場を失ったベトナム人を支援する団体の施設にいた。技能実習生として働いていた会社から“失踪”したためだ。

 2018年11月から九州地方の建設会社に勤めていたチュンさん。コロナ禍で仕事が減る中、上司から「ベトナムに帰れ!」などの暴言を何度も浴びせられたという。技能実習生は、日本でおよそ3年間働かなければ基本的に転職することができない。そのためチュンさんが選んだのが、「失踪」というルール違反だった。

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 助けを求めたのは、行き場を失ったベトナム人を保護し、日本語を教え、仕事探しをサポートしている「日越(にちえつ)ともいき支援会」(東京都港区)。

 「ルールを守らなかったんじゃなくて、自分の身を守ったんですよ。日本人が退職すると失踪にはならないですよね。だけれども外国人の技能実習生が職場から離れると、なぜか知らないけれど失踪になっちゃうんですね」と吉水慈豊代表理事。

 吉水さんの元には、職場から逃げ出した人だけでなく、コロナ禍で職を失った人や出国命令が出ているのに帰国できない人など、様々な事情でここに身を寄せている人がいる。技能実習生だった2人の男性は、出国命令を受けているが、働くことは許可されている。働かなければ、生活することも、出国することもできない。「(企業と)早くつないで早く稼がせてあげないと。飛行機代を稼がないといけないし」(吉水氏)。

■妊娠や出産を想定していない技能実習制度

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 むき甘栗の製造工場で働くチュンさんには妻がいる。ホアン・ティ・チャンさん(22)だ。2人は高校時代から交際、チャンさんは2018年6月から東北地方の養鶏場で技能実習生として働いていた。ところがコロナ禍で突然解雇され、やはり「日越ともいき支援会」に保護された。

 去年12月からは岡山市内のラーメン店で働いているが、不安もある。チャンさんのお腹には、赤ちゃんがいるからだ。

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 去年4月、岡山県津山市の下水の浄化槽で赤ちゃんの遺体が見つかった。堕胎薬を使って妊娠4〜5カ月の胎児を中絶し、トイレに流したのはベトナム人技能実習生だった。警察の調べに対し、「妊娠が発覚すればベトナムに戻されると思った」と供述したという。技能実習制度は妊娠や出産を想定しておらず、実習生が妊娠した場合、退職に追い込まれるケースが少なくないのだ。

 チャンさんが働くラーメン店とチュンさんが勤める「むき甘栗」の工場は同じ会社が経営している。田所雅江社長は、チャンさんが妊娠していることを知った上でチュンさんとともに雇ったと話す。「家族が増えて3人になるわけですから、岡山で生活の基盤を作って、仕事をしてもらったらいいかなと思っています。家族の単位で雇用した方が、ちゃんと仕事をしてくれるのと責任を持っていろんなことも覚えてくれるし、やってくれるのではとすごく期待している」。

■赤ちゃんの在留資格に不安も…

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 勤務先の協力が得られたこともあり、2人は日本で出産することを決意した。ただ、もう一つの大きな問題が残る。赤ちゃんの在留資格だ。

 母親になるチャンさんは今後「特定技能」という在留資格に変更する予定だ。しかしこの資格は「技能実習生」同様、「家族の帯同を基本的に認めない」としている。「赤ちゃんを産んでから数カ月で(ベトナムに)送るのはかわいそう。ずっと(一緒に)住みたい」(チャンさん)。

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 2人は生まれてくる赤ちゃんと一緒に暮らすことができるのだろうか。日越ともいき支援会の顧問で、神戸大学大学院の斉藤善久准教授が法務省に確認したところ、「新しく呼ぶのはできないけれども、日本で産んだ場合は『特定活動(という在留資格)』で滞在はできる」との回答を得たという。

 産まれてくる赤ちゃんは、チャンさんの在留期間の間は日本に滞在できるということだ。今年2月、出産後なるべく早く職場に復帰したいと考えていたチャンさんの保育所探しを手伝うため、吉水さんは岡山を訪れていた。「一緒に日本で家族と生活ができる環境をお手伝いしたいなと思ってやっています」(吉水さん)。

■表には出ない“裏の契約書”も

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 一方、「失踪」するベトナム人技能実習生は後を絶たない。背景には、彼らが来日前に背負う「借金」が大きく関係しているといわれている。しかも借金の一部は、日本人の手に渡っているのだ。

 技能実習生と受け入れ企業の間には、仲介役としての「送り出し機関」と、「監理団体」とが存在する。例えばベトナムから技能実習生として来日する場合、日本円で70万〜100万円ほどの「手数料」を、この送り出し機関に支払う必要がある。 

 ただ、ベトナムの平均月収はおよそ3万2000円。実習生は手数料を借金で工面するため、過酷な仕事や低い賃金などの問題があっても帰国せず「失踪」を選択しているのだ。

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 岡山でベトナム人の労働環境の改善に取り組む「一般社団法人 外国人労働環境支援協会」の森俊輔さんは、送り出し機関に払う手数料の中に、監理団体が受け取る不正な金もあると指摘する。「送り出し機関からの契約書の中には、いわゆるキックバックをいくら払いますよ、という内容が書かれているものもあります」。

 表には出ない“裏の契約書”。送り出し機関が監理団体に渡すキックバックは、技能実習生一人当たり10〜20万円ほどになるという。監理団体がこうした金を受け取ることは法律で禁じられているが、水面下では違法行為が横行しているのだ。

■監理団体からの金銭要求も

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 ベトナムの送り出し機関の幹部が、インタビューに応じてくれた。

 「日本の監理団体いわゆる組合から金銭を要求されたことはあるか?」との問いに、送り出し機関の幹部は「ありますよ。ただ、組合からははっきり言わないですよ。1人だったらいくらかとか、そこまでははっきり言わないですが、もし契約できれば、あなたたちの会社は何かメリットをくれるのかとか、応援してくれることがありますかと遠回しに言ってくる」。

 キックバックとして渡す金や監理団体の職員がベトナムに渡航した際の接待費。森さんの試算では、こうした金は技能実習生が支払う手数料の3〜4割を占めるという。

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 そこで森さんは、来日するための借金を減らす取り組みも始めた。キックバックを渡さず、高額接待もしないことで手数料を安く抑えることを約束してくれた送り出し機関と、借金が少なく、失踪する可能性が低いベトナム人を求める監理団体などをつなぐ取り組みだ。

 「もともと私は監理団体で働いていたんですけれども、やはり辛い思いしている子を見てましたし、何とかしてあげたいなというような思いで始めたんです」。

■「本当の家族になった」

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 東京で女の子を出産したチャンさん。産後1カ月間は、日越ともいき支援会で保護している女性たちが身の回りの世話をしてくれる。チュンさんとも、2カ月ぶりの再会を果たした。

 会社が新たに用意してくれた部屋で、親子3人での生活が始まる。「本当の家族になった」と話すチャンさんに、チュンさんも「赤ちゃんとチャンさんと一緒に住むのが一番大事」と嬉しそうな表情を見せる。

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 「日本人でも赤ちゃんができて、3人で生活するのって大変だと思うんですよ。だからここからがスタート」(田所社長)、「受け入れてくださった岡三食品のような企業がたくさん増えることを切に願っています」(吉水さん)。

■環境とお金の整備を

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 日本でおよそ3年働き、転職できるようになった技能実習生らを生き生きと働ける企業につなぐ活動をしている人がいる。広島で外国人の転職を支援する泉浩司さんだ。技能実習生の転職は簡単ではない。多くの場合、高額な手数料や仲介料を要求されるが、泉さんは、本人からはお金を受け取らずに、信頼できる企業を紹介している。

 香川県の建設会社に技能実習生として雇われたトゥアンさんの場合、全国の工事現場に派遣され、香川に帰れるのは月に数日。給料も含め、ベトナムで聞いた説明とは全く違う待遇だったという。

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 新しい仕事は、カキの養殖だ。「泳ぎも上手だということで、海の仕事もしっかり頑張りますということです」と泉さんが説明すると、宮本海産の宮本龍則さんは「頑張ってください!」と声を掛ける。「(仕事で)怒るのは怒るんですけど、この子らが“よかった”と思ってもらわないと。それは何かというと、環境とお金だと思います。住む環境が良くて、お金をしっかりもらえれば。私がこの子の立場なら、そうだと思いますね」(宮本さん)

 トゥアンさんが住む場所は、その言葉通り、クーラー付きの一人部屋に、新しい布団。手取りも、残業代を含めると2倍ほどになる見込みだという。「企業さんをちゃんと精査して、受け入れていただける覚悟があるところを見極めて、自分の目線で正しい方向を見つけてやっていきたいと思います」(泉さん)

■「当たり前の暮らし」ができる日は

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 出産から4カ月が経った今年8月。チャンさんが職場に復帰する日がやってきた。家計のことを考え、このタイミングでの復帰を決めた。

 もし、赤ちゃんが粉ミルクを飲まなければ保育園から連絡が入り、仕事を切り上げて赤ちゃんを迎えに行くことになっているが、復帰初日、園から「赤ちゃんはミルクを飲んでいます」との連絡が入り、予定通り午後3時まで勤務することが出来た。

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 今や、地域社会に欠かせない存在の外国人就労者。しかしチャンさんのように子どもを保育所に預けて働く元技能実習生は、全国的に見て非常に珍しいという。「みんなにありがとうございますと言いたい」とチャンさん。チュンさんも、「みんなが私たちにいろいろなことを手伝ってくれたからありがたいです」と話した。

 日本で働く外国人が「当たり前の暮らし」ができる日はやってくるのだろうか。(瀬戸内海放送制作 テレメンタリー『ともに この国で』より)

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