人工妊娠中絶のための飲み薬が、国内で初めて承認申請された。ニュース番組『ABEMAヒルズ』では、高校生のときに望まない妊娠をして中絶をした女性や、現場の産婦人科医を取材した。
大学生の新橋みゆさん(20)は高校生だったころ、同じ学校に通う年下のパートナーとの間で妊娠。その経緯について「普段から『避妊して』という話はしていたし、私も自分で買ったコンドームを見せながら『つけてよ』と言っていたが、避妊が大切だとか、セックスしたら妊娠するというところがなかなか伝わらなくて、結果、妊娠した」と明かした。
高校生にとって予想外の妊娠。「学校に知られたら退学になる」――そんな恐怖心から今は生むことはできないと、新橋さんは急き立てられるように中絶を選択する。
「『今は産まない選択をして大学に行って、もうちょっと自分の基盤を作ってから将来子どもを作る方がいいんじゃないか』と考えて中絶を選んだ。親にもパートナーにも相談せず、『中絶する』っていうことを伝えて、それを受け入れてもらう形だった」
新橋さんとパートナー、そして互いの両親で病院に行き中絶することを伝えたが、その際に「手術は掻爬法(そうはほう)で」という話があった。掻爬法とは、金属製のピンセットのような器具を直接子宮の中にいれ、胎児を掻き出す方法だ。
医師から「めったにないことだけど『子宮に穴が開くこともある』」と説明された新橋さん。当時を振り返り、「『掻き出す』という言葉を聞いたことで、『掻き出して私は自分の子どもを死なせてしまったんだ』というふうに2年ぐらい考え続けていた時期があった」と話す。
自分で選んだ中絶。しかし、その方法に心も体も傷つき、新橋さんはしばらく中絶の瞬間を思い出す症状に苦しめられたという。
日本で行われる中絶手術は年間約15万件。手術の種類には、新橋さんも受けた「掻爬法」、そして柔らかいチューブを使った「真空吸引法」がある。WHOは、掻爬法は安全性に問題があるとして真空吸引法を推奨しているが、吸引法は日本ではあまり普及していないのが現状だ。
吸引法を採用する現場の産婦人科医・対馬ルリ子医師も、掻爬法の危険性をこう指摘する。
「掻爬法にはどうしても事故がある。子宮に穴をあけたり傷つけたりすることや、麻酔による事故もある。だから、それを避けようと内服の薬を開発したり、固いもので引っ掻くのではなく柔らかいチューブで吸引をかけたりするという、より安全な方向に移ってきている。私も何回か海外で中絶(手術)をやっているクリニックを見に行ったが、安全で公的な機関だったりメディカルがケアしたりすることで、平和で優しい感じがした。『より良い機会に妊娠しましょう』と本人も納得して、希望をもって受けられるというのは見ていてすごくいいなと思っていた」
海外では、中絶の方法や中絶に対する意識も日本と違うようだ。海外の中絶事情はどうなっているのか……保険の適用により、中絶はすべて無料で行われるというイギリス・ロンドン在住の助産師に話を聞いた。
「こちらでは、10週までの中絶は(手術か)内服薬かを選べる。今のところ吸引法を選ぶ人は15%弱。(新型コロナの)パンデミックが始まってからは郵送で薬が家に届いて、日にちや一緒にいてもらいたい人を自分で選んで、家で中絶をする。パンデミックの前は中絶薬が70%強だったけれど、郵送されるのが大半になってからはより増えた」(ロンドン在住の助産師・小沢淳子さん)
日本よりも中絶へのアクセスが整っているイギリス。一方で、イギリスで中絶を経験する人は世界の平均より多い。それを踏まえたうえでも、小沢さんは中絶の重要性を訴える。
「中絶は人権の話なので、中絶へのアクセスが拒まれるというのは、その人の生きる権利を奪うと思う。『中絶が多いなんて…』と思うかもしれないけど、必要な人が必要なときに負担なく(中絶へのアクセスを)手に入れるということは、女性が自分で自分の人生を決めているということ。女性が我慢して妊娠し続け、子どもを産むことに意味があるんでしょうか」
世界のスタンダードは「病院で処置するなら真空吸引法」「自分で行うなら飲み薬」と言われる中、コロナ禍でさらに飲み薬の需要が増えている。一方で、30年遅れているといわれる日本の中絶処置。そんな中、イギリスの製薬会社「ラインファーマ」が22日、妊娠初期の女性を人工的に中絶させる国内初の飲み薬について、厚生労働省に製造販売承認を申請した。いったいどのような薬なのか、日本国内での治験にあたった医師に話を聞いた。
「治験の結果は、24時間での中絶の成功率が93.3%だった。非常に安全な薬と評価することができる。すでに欧米では20~30年の歴史があり、非常に安全な薬としてWHOにも推奨されている。今回、日本の治験においても問題となるような有害事象は発生しなかった」(東京大学・大須賀穣教授)
妊娠を維持するホルモンの働きを抑える錠剤と、子宮を収縮させる働きがある錠剤の2種類を組み合わせて服用する、人工妊娠中絶のための飲み薬。国内での承認には1年ほど時間がかかるとみられている。
世界では安全に使われているようだが、大須賀教授によると、使用するにあたり課題もあるという。
「まずひとつは、薬剤の安全で確実な管理。海外から個人輸入して悪用されたというニュースも流れているので、薬剤の流通を管理できる制度が必要になる」
そして、気になるのが薬の価格。日本では手術を伴うため、中絶手術の費用が10~20万円と高額なのが現状だ。世界平均でみると、中絶の飲み薬は780円。すべて保険でまかなえ、イギリスのように女性の負担がゼロの国もある。
薬が認可されれば中絶の費用が下がるのではないかと期待する声もあるが、日本産婦人科医会副会長の前田医師はこれを疑問視している。
「中絶手術は自費診療で、医療機関が決めることができるので、今よりも安くなることは考えにくい。色々な患者さんと接していると、どうしても人工妊娠中絶を必要とする女性がいることは間違いない。一方で何回も人工妊娠中絶を繰り返す方がいて、その背景には安易な男性の影もちらほらある。だけど、そういった方に対してはあまり簡単にできると考えていただきたくない思いがあるのも事実。(望んでいないのに避妊をしない人と)向き合っていかなければならないとは思うのですが、そういう方の中には避妊を勧めても避妊をしてくださらない方もいるので、どうしたものかなと頭を悩ませている」
前田医師は、中絶できる飲み薬が承認となった場合も「自宅で完結できる」と考えるのではなく、体にかかる負担の大きさを理解したうえで医療機関で服用してほしいと話す。
「簡単に言うと流産が起こる。結構な出血をするのと、出血が止まらなくなる場合がある。また陣痛のような痛みがくるので、おなかの痛みも伴う。まずは混乱を避けるために、なるべく医療機関の中で赤ちゃんが出てきてくれるような対応をするのが安全ではないかと思う」
値段の高さや言い出しにくさから、海外と比べ、中絶へのアクセスが整っていないといわれる日本。厚労省の調査によると、0歳児の虐待死のうち3割以上が「0日」、つまり産まれたその日に遺棄されるなどして亡くなっている。
経口中絶薬が承認され、中絶が必要なときに安全な方法で女性自身が「選べる」ことが
何より大切だと対馬医師は指摘する。
「妊娠に気づかず中絶できない週数でお産をしてしまい、誰にも相談できず生んだ赤ちゃんを見捨てるしかないというのは一番悲惨なこと。『鬼母』とか『赤ちゃんに対してかわいそうだと思わないのか』という前に、そういう状況に追い込まれている女性にこそ支援がないといけない。妊娠や避妊も中絶も自分で決めていく問題であって、それを決められるのは当事者の女性とパートナーというふうに、基本的な考え方が変わってきている。だから、やむなく中絶に至る人が安全に処置を受けられて、次の妊娠に向けて希望が持てる状況であることは大事だと思う」
(『ABEMAヒルズ』より)
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