在日アメリカ軍の駐留経費を日本が負担する、いわゆる「思いやり予算」について、日米両政府は来年度から5年間で1兆500億円余りとし、1年あたり100億円ほど増額することで合意した。
これまで問題視されてきた基地内の光熱費や水道費については、負担の割合を3分の1程度にまで削減する。一方、バーチャル空間でAIによる仮想敵を相手に訓練する最新のシステムなどを、5年間で最大200億円をかけて購入する方針だ。
今回の合意や、そもそもの思いやり予算というものについて、テレビ朝日政治部の澤井尚子記者が解説する。
Q.「思いやり予算」はどのようにできあがった?
アメリカ軍が日本に駐留することになったあと、1960年に日米安保条約に基づく「日米地位協定」によって、アメリカ軍の基地や訓練場などの施設・区域を提供する義務は日本側にあって、一方の駐留にかかる経費はアメリカ側が負担する、と決めた。この基地などの借地料は日本側が負担して、駐留にかかる経費はアメリカ側が負担するという基本的な取り決めを含めて、この地位協定は60年たった今も一度も改定はされていない。
そんな中で、1978年からは日本が自主的に「思いやり予算」として、この地位協定の枠の外にあたる、米軍の住宅建設や光熱費、水道費、そして基地で働く日本人の給料などを日本側が負担している。
Q.なぜ「思いやり予算」と呼ばれている?
この1978年という時代背景だが、日本が高度経済成長期で物価と賃金が上がっていて、アメリカ側の駐留における負担が増していた。さらには、アメリカと日本の間での貿易摩擦が起きていて、日本は「安保にタダ乗りしている」といった批判がアメリカで巻き起こっていた。
そこで、当時の金丸信防衛庁長官が「円高ドル安のなかで、信頼性を高めるということであれば、思いやりがあっていい」と述べたことから、日本では「思いやり予算」と呼ばれてきた。要するに、地位協定上では支払う義務のないアメリカ軍の駐留経費だが、5年ごとに特別協定を結ぶなどして、金額の変動はあるものの40年以上払い続けてきている。
Q.「思いやり予算」の内容は?何に支払われている?
今回、実質合意に至った来年度から5年間の中身で見ていくと、提供施設の整備費が5年で1641億円と増額している。使われるのは、航空機の掩体(えんたい)という、ミサイルから戦闘機を防護する格納庫などを整備する費用に使われる。
また、光熱費や水道の料金は、これまで全体の61%を負担していたが、35%に削減した。基地で働く日本人2万3178人分の給料。
さらに、訓練移転費として、沖縄などの地元の負担軽減のために、訓練先をグアムや、今回新たにアラスカも加えることにした。
新しい項目として、訓練資機材の調達費、5年間で最大200億円を計上した。日米の共同訓練などで使用する機材の費用で、具体的には後ほど説明するが、AIを駆使したバーチャルシステムなどが想定されている。
過去には、基地内の「ゴルフ場」や「ボーリング場」といった娯楽施設の関連費としてこの「思いやり予算」が使われて批判されたが、この光熱費や水道費も同じく批判の対象になっていた。林外務大臣は21日、この実質合意の中身を発表する際に、「これまでは光熱水費などの在日アメリカ軍の駐留そのものを支援することを重視した予算だったが、今回はメリハリをつけて、自衛隊との共同訓練や施設整備への負担を増やすことで、自衛隊とアメリカ軍の相互の運用性を高めて、日米同盟を一層強化する基盤になった」と胸を張っている。「『思いやり予算』という俗称はやめて、『同盟強靭化予算』と呼んでほしい」ということを訴えた。
Q.「同盟強靭化予算」というのは定着する…?
自民党内からも「『強靭化』というと、どうしても『国土強靭化』と言っている二階さんの顔が浮かぶ」とか、「シンプルに『同盟予算』でいいのでは?」などの意見も出ている。
ただ取材していると、外務省や防衛省の幹部は「思いやり予算」と呼ばれることに対してのアレルギーが強い。「そもそも上から目線だし、出さなくてもいい費用を出してやっている、と捉えられる」「金丸さんの時代とは全然状況が変わっているんだから、もうやめてほしい」と強く要請された。
この「思いやり予算」という名前を打ち消すために、政府としては、別の通称を作ろうと案を出し合う会議を行ったという話も聞いた。その結果が、この「同盟強靭化予算」ということだが、定着するかは今後見ていきたいと思う。
Q.来年度から5年で1兆500億円。1年で100億円増額は妥当?
取材すると、数年にわたってかなりハードな交渉を行ってきたという印象だ。というのも、前のトランプ政権では、今の4倍にあたる1年あたり8700億円あまりの負担を求めていたとも伝えられている。その後、バイデン政権に変わったが、やはりアメリカ側のこの増額要求というのは続いていた。去年は合意が得られず、1年間の暫定予算を組んでいたが、今年は交渉がまとまったということだ。
たしかに1年で100億円程度の増額となったが、実は1カ月前くらいまでは1年で数百億円ほど積み増されるのではという感じだったので、最終的には増額幅は抑えられたという印象だ。また、評判の良くない光熱水費などを削って、実質的な共同訓練や施設整備の予算にあてるという「質の転換」によって、予算増額への国民の理解を得ようとしたんだと思う。
Q.今回新たに盛り込まれた仮想空間の新たなシステムとは?
日本の土地は狭く、訓練をするのに向いていないということで、グアムに加えて今回からはアラスカにも部隊を移転して訓練を行う費用を計上したが、中国や北朝鮮などの脅威がある中で、うかうかと遠くまで行くことも難しい現状がある。そこで、バーチャルやAI技術を使った新しい訓練システムを導入しようということだ。
例えば、アメリカで行われている大規模な訓練とこのシステムをつなぐことで、日本国内にいながらにして、自衛隊も含めて訓練に参加をすることができる。また、AIによる仮想敵も用いることで、複雑な訓練をすることが可能だとも聞いている。ただ、このバーチャルシステムはまだアメリカで導入し始めているところで、今後どのタイミングで日本に導入することができるかは不透明だ。
Q.「思いやり予算」を今後は減らす?増やす? 国の方向性は
次の改定はまた5年後ということになるので、その時どうなっているかは正直わからない。ただ、中国の海洋進出や尖閣諸島をめぐる問題、また中国とロシアとの連携した行動、北朝鮮の核・ミサイル開発、さらには緊迫する台湾有事など、日本を取り巻く環境はより厳しくなっている。
そこで、在日米軍の存在が日本にとっての抑止力となっているのは事実だ。そして、アメリカ側にとっても、アフガニスタンから撤退した今、視線の先にあるのは「中国」。この中国をけん制するという意味でも、在日米軍の地政学的な意味は大きくなっていて、訓練に動員する隊員を増やすなど力を入れている。今回、駐留経費を積み増すための“裏ワザ”として、新たに訓練用の設備に日本が投資するという風穴を開けたので、今後もこの分野で増額していく傾向になるかもしれない。
一方で、日本の財政状況の厳しさも常に指摘されている。これまでと状況が違うのは、日本の防衛費も5兆円を大きく上回るなど、10年連続でどんどん増え続けているということ。自衛隊として行う任務が増えている以上、在日アメリカ軍への駐留経費は抑えるべきではないかという意見が、いわゆる自民党の国防族からも出ている状況だ。
さらに言うと、こうした5年ごとに「日米地位協定」からはみ出た例外としての特別協定を結び続けるのではなく、地位協定自体を改定すべきではないかという意見も、野党などからは根強くある。この日米の地位協定をめぐっては、今回の沖縄県のキャンプ・ハンセンでのクラスターが起きた背景に、日本の水際対策の基準より甘く、PCR検査が不十分であったことがあるように、アメリカの言いなりで、まだ戦後の体制を引きづっているのではという批判もある。ただ、外務省関係者は、「この地位協定はパンドラの箱だ。絶対に触れない」と話していた。というのも、米軍の公務中の裁判をめぐってなど度々、日米の間で複雑な取り決めがあるからだ。