小学生のころからプロになることを目指すような天才たちが集まる将棋の奨励会。一部の例外を除いて、ここを勝ち抜かない限りはプロになることはできない。その数、年間で4~5人程度。実に狭き門だ。プロになれずに諦めていった子どもたちも数多く見てきた奨励会の元幹事・畠山鎮八段(52)には、タイトルまで取った斎藤慎太郎八段(28)という弟子がいる。「第1回ABEMA師弟トーナメント」で、この2人がタッグとして出場することになったが、大会前に応じたインタビューでは、斎藤八段の優しさがゆえに、プロになれないのではと心配した思い出を語った。
斎藤八段といえば、関西のイケメン棋士として知られ「西の王子」とも呼ばれる人気者。王座で1期、タイトル経験があり、名人挑戦も果たした。今期も順位戦A級では快調で、2期連続での名人挑戦に突き進んでいる。奨励会時代から「才能的には棋士になる、才能は相当あると思っていた」が、体が強くなかったこと、そして今でも周囲から好青年と慕われるその優しい性格が、あだになるのではと気にかけた。
「ひょっとしたら棋士にならないかもと思った。棋士になれずに病んでしまうとか、体を悪くするとか。なので(関西将棋会館の)棋士室で必死に指していたことを10年、20年経っても思い出してくれればいいなと、毎回指していました」。正確な数字は把握していないが、練習将棋だけで850局は指した。その才能は疑わないが、何か悪いきっかけで棋士になれないことも想像し、せめて練習将棋だけでも今後の人生に活かしてもらおうと、何度も何度も指した。
斎藤八段らしくもあり、そして畠山八段が心配したエピソードがいくつかある。奨励会入会して間もない6級時代、格上の4級にあっさり勝ったと思いきや、同じ6級で負けが続いている相手に、なぜかころっと負けてきた。「奨励会は1日で3局もある。相手が弱いと見たら、すぐにたたきのめさないといけない。それを丁寧に時間を使っていたら、奨励会は抜けられないんですよ」。相手に敬意を払い、しっかりと指すのは素晴らしい。ただし、プロ入りという唯一にして最大の目標を叶えるためには、自分より弱い相手に無駄な労力を使っている暇はない。「それは人間としては最低なので、師匠としては教えられない」が、格下の相手は瞬時で蹴散らすような非情さも必要だった。「奨励会は純粋に勝負にこだわった子が抜ける場所。丁寧にやる子で抜けたのは見たことがない」と、盤に向かえば鬼となることも必要だと繰り返した。
斎藤八段は、盤外でも優しかった。2日後に、大事な奨励会での対局が控えながらも、自分よりはるか下の級位で、まだ実力不足の弟弟子を心配して、練習将棋の相手になっていたことがあった。「そんなことをやっている場合じゃないんですよね。人間としては美しい。でも二段、三段になっている子は、4級や5級の子を心配するより、自分の勉強をやるべき。そういうことをやっている子も、やっぱり棋士にはなっていないですね」。多くの子どもを見てきた畠山八段が言うからこそ説得力もあるが、その勝負師としての甘さを補って余りある棋力があったこともあり、斎藤八段は無事にプロになった。「その優しさは人間として美徳ですし、棋士になっても素晴らしい」と微笑んで振り返れるのも、無事にプロになったからこそだ。
畠山八段が奨励会幹事時代に見てきた関西勢には、名人3期の佐藤天彦九段(33)、竜王経験がある糸谷哲郎八段(33)、稲葉陽八段(33)らがいるが、ここ数年では藤井聡太竜王(王位、叡王、棋聖、19)に押されるように、タイトル獲得・挑戦など目立った活躍が見えていない。「30歳になって元気、勢いがない棋士、才能が多いですね。もっともっと貪欲に、勢いよく行っていい。30歳の壁というのもありますが、自分ももう50代ですけど、もう一花、二花と思っていますから」と、奮起を促した。人として成熟しながら、勝負の世界で刃を丸くしてはいけない。ぎらぎらと光るものを斎藤八段にも、他の後輩たちにも持っておしい。それが元幹事の願いだ。
◆第1回ABEMA師弟トーナメント 日本将棋連盟会長・佐藤康光九段の着想から生まれた大会。8組の師弟が予選でA、Bの2リーグに分かれてトーナメントを実施。2勝すれば勝ち抜け、2敗すれば敗退の変則で、2連勝なら1位通過、2勝1敗が2位通過となり、本戦トーナメントに進出する。対局は持ち時間5分、1手指すごとに5秒加算のフィッシャールール。
(ABEMA/将棋チャンネルより)