将棋の勉強における効率・非効率 森下卓九段が弟子にすすめた長編詰将棋「一日中考えることしか得られないものがある」
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 将棋界は、ソフト(AI)が台頭するまでの勉強法といえば「実戦・棋譜並べ・詰将棋」の3点セットだった。先人の戦い方を棋譜から学び、詰将棋で終盤力を鍛え、練り上げたものを実戦で試す。誰の棋譜を並べるか、何手詰ぐらいの詰将棋をやるか、ぐらいの差はあれど、おおよそ誰もがそうしていた。ところが今では若手を中心に、ソフトをフルに活用し初手から終盤に至るまで研究し、対人であまり指さずに本番、という棋士も少なくない。時間がかかる棋譜並べ、詰将棋よりはるかに効率的だが、これに森下卓九段(55)は「一日中考えることしか得られないものがある」と、きっぱりと言う。実体験から確信を得て、弟子・増田康宏六段(24)にもすすめた勉強法は、どんなものか。

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 森下九段と増田六段は「第1回ABEMA師弟トーナメント」に出場が決まっている。増田六段が10歳のころ、森下九段が棋譜を見る機会があった。「弟子が3人いたんですが、奨励会も厳しいので4人目はやめておこうという方針だったんです。ただ棋譜を見て『こんなに強いのか』と本当にびっくりしましたね」と、その才能に驚き「次の羽生さんになるのは増田だろうというのが第一印象でした」と、タイトル99期を誇る羽生善治九段(51)クラスの名棋士になると信じた。

 16歳でプロ入りを果たした増田六段は確実に力をつけ、若手の登竜門である新人王戦を2連覇。現在は竜王戦2組、順位戦B級2組まで上がった。5歳下に令和の天才・藤井聡太竜王(王位、叡王、棋聖、19)が現れたことでやや印象が薄くなったところもあるが、彼もまた早くからプロの世界に飛び込んだ天才だ。

 この増田六段、いろいろと印象的なワードを残すことがある。師匠・森下九段の得意戦型が矢倉であるにも関わらず「矢倉は終わった」というニュアンスのコメントをし、また同時に「詰将棋は意味がない」とも言った。実はこの詰将棋、森下九段から勉強法として強くすすめられていたもの。いかにも新世代の発言という感もあったが、それから数年して矢倉発言、詰将棋発言ともに、今はしなくなっている。

 森下九段も、若い弟子を取ったからには、新しく様々な価値観が出てくることは想定内。矢倉とひとことで言っても「自分が習ったころの矢倉は、相撲で言えばがっちりと組んで、まわしを取って、力比べをするようなものでしたが、今は初手から作戦を練って、相手も対策を考えておく時代。どんどんと既成概念が変わっていますね」と、変化に目を細める。また詰将棋については、森下九段も全てよしと思っていたわけでもなかった。「私も修行時代、ちょっと効率が悪いと思っていたんです。超難問の長編よりも、25手ぐらいまでの短編から中編の方が、実戦によく出るから効率がいいと、ずっとそれを解いていました」。ところが20代半ばを過ぎたあたりから、少しずつ考えが変わった。「長編詰将棋をじっくりと考えることでしか得られないものがあると思ったんです。それで増田には10代からやるに越したことはないと、取り組むように話しました」と、当時を思い返した。

 当然ながら、実戦において50手、60手といった長手数の詰みが生じるようなことは、ほぼない。逆に20手台の詰みは頻出し、確かにこのぐらいの手数のものが得意になっていれば、実戦に活きることもあるだろう。ただ、長編詰将棋をとにかくひたすら考えることで「長時間考える」ということは向上する。対局には持ち時間が1時間を切るような早指し戦もあれば、2日に分けて戦うようなタイトル戦もある。棋士の格付けのベースになっている竜王戦は5時間、順位戦は6時間。まさに丸一日かけての勝負だ。一局に対して、ひたすら考えることは、長編詰将棋を解くのと似た部分がある。例えるならば、スタミナアップのためのトレーニングとでもいうべきか。歴代の名棋士たちは、揃いも揃って長時間をとことん考え抜き、無数の選択肢から最善手を見つけることに長けていた者ばかり。覚えることとはまた別の、実戦的な勉強法ともいえる。

 将棋界も、戦術から勉強法、そもそも将棋に対しての向き合い方さえ多様化している時代。森下九段が実体験から導き出した長編詰将棋の効果が、そのまま増田六段に響くかどうかは不明だが、何かの機会に「ああ、こういうことだったのか」という気づきがあったならば、森下・増田の師弟関係にも、新たなものが芽生えるだろう。

◆第1回ABEMA師弟トーナメント 日本将棋連盟会長・佐藤康光九段の着想から生まれた大会。8組の師弟が予選でA、Bの2ブロックに分かれてトーナメントを実施。2勝すれば勝ち抜け、2敗すれば敗退の変則で、2連勝なら1位通過、2勝1敗が2位通過となり、本戦トーナメントに進出する。対局は持ち時間5分、1手指すごとに5秒加算のフィッシャールールで、チームの対戦は予選、本戦通じて全て3本先取の5本勝負で行われる。第4局までは、どちらか一方の棋士が3局目を指すことはできない。
(ABEMA/将棋チャンネルより)

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