物価上昇と円安の影響が、公共料金や日用品の価格にまで及んでいる。直近の理由には原油価格の高騰が挙げられるが、円の価値の下落も長期化している。例えば日本円の“強さ”を示す「実質実効為替レート」を見ると、固定為替レート(1ドル=360円)だった1970年代に近い値を示している。一方、日本の平均賃金は横ばいを続け、2015年には韓国に抜かれている。
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24日の『ABEMA Prime』に出演した経済学者で一橋大学名誉教授の野口悠紀雄氏は「実質実効為替レート」について次のように説明する。
「これは日本円の購買力が基準の年からどのくらい変化しているかを示したものだ。値が低いほど購買力が下がったことを意味していて、要因としては市場での為替レートと、日本と諸外国との間の物価上昇率の差が挙げられる。80年代、90年代には日本の実質実効為替レートが非常に高かった、私が家族を連れてヨーロッパ旅行をしたときには、まさに“王侯貴族”のようだった(笑)。購買力が高いということが、いかにすばらしいかということも実感した。
今回、この値が1970年代と同程度になったということだが、私は当時アメリカに留学していたので、この値が低いことがいかにみじめかを実感している(笑)。アメリカの大学のそばのアパートを探すと、一番安い物件でも家賃が100ドルだった。1ドル=360円の時代なので、日本での給料が月2万3000円ぐらいだったのに対して、家賃は3万6000円ということになる。“ビッグマック指数”も同じようなものだが、今はそういう大変な状況になっているということだ」。
一方、実質的に円安を誘導する役割を担ってきた日銀の黒田総裁は「悪い円安とは考えていない」という主旨の発言もしている。また、パックンは「今のアメリカは高いインフレが起こっている。財政支出をしたためにお金がジャンジャン回って通貨が弱くなり、為替レートも下がっている。しかし日本の状況はそうではない。経済学の基本が崩壊しているのではないか」と首をかしげる。
野口氏は説明する。
「パックンさんの言うように、物価上昇率が低い日本では、自動的に円高になっていかなくてはいけない。ところが先ほども言ったように、円高になっては困るという産業界の声に応えて政策当局が為替市場に介入して無理やり円安に抑えてきた。アベノミクスによって円安が顕著に進行したことは事実だが、政策として円安にしたのはアベノミクスが初めてではなく、90年代の後半から続いてきたことだし、特に2000年代に入ると、積極的に為替市場に介入し、円安に導くということをやってきた。95年頃から実質実効為替レートが下がってきているのもそのためだ。
背景にあるのは、非常に円高になっていたことで、“これではとてももたない”という声が日本の産業界から上がったことだ。産業界から円安を求めるのは、円安になると企業の利益が見かけ上は増えるからだ。つまり輸入価格が上がっても、企業はそれを負担せず、製品価格に転嫁できる。つまり、消費者に押し付けられるからだ。
一方、円安になれば国内の賃金は上がっていかなければならないが、実際には上がっていない。これは実質的な賃下げをしているということだし、国際的に見れば、日本は安い労働力で生産をしているということになるだろう。本来であれば、企業は円高に対応するために技術開発をし、生産性を上げるべきだった。
それをせず、円安になると利益が増えるということに安易に頼り、ここまで来てしまった。だから私は、円安というのは“麻薬”だと思っている。日本の産業構造を変え、生産性を上げるという“手術”が必要だったのに、“麻薬”でごまかし続けて、ついに20年、30年が経ってしまったということだ」。
さらに野口氏は続ける。
「日本の輸出産業は今でも自動車だが、各国では新しい輸出も始まっている。例えば台湾では、他の国が真似できないくらい非常に高性能の半導体を作り、利益を上げている。韓国の賃金が上がっているのも同じ理由だ。しかし、日本にはそれらに相当するような輸出品が自動車の他にない。
今はまだそれでもいいけれど、例えばEVが主流になったとき、日本の自動車産業が優勢を維持できるかどうか分からない。あるいは自動運転になれば、自動車はハードウェアというよりも半導体、ソフトウェアのかたまりのようなものに変化する。テスラの時価総額がトヨタを上回ったのも、そのような大きな環境変化のためだ。やはり日本はこれまでのような産業構造を変えて、まさに日本でなければできないような、高い付加価値のものが作れるようにならなければいけない。そうならない限り、日本の賃金が上がることはない」。
日本経済は、その“麻薬”をやめることはできるのだろうか。野口氏は、“今がチャンスだ”と指摘する。
「この数カ月、アメリカでは原油価格によってインフレが起き、日本ではさらに円安が続いている。そして輸入価格が上がれば、日本国内では物価が上昇する可能性がある。そうなると、企業はこれまでのように輸入価格の上昇分を価格に転嫁できず、自ら負担しなくてはならなくなるかもしれない。これが“悪い円安”と言われるものだ。その意味では、企業も今なら反対はしないかもしれない。今こそまさに円安政策から脱却し、本来の姿に戻るチャンスだ。
それでも価格に転嫁されれば物価が上がり、賃金は上がらないままなので、働く人の生活はさらに苦しくなる。預金も目減りすることになるし、国民生活は貧しくなる。ただし、政治は産業の現場に介入してはいけないと思う。例えばアメリカでは“IT革命”が起きたが、これは政府が引っ張ったわけではなく、ベンチャー企業が大きくなっていくことで生まれたものだ。日本はこれまで産業の衰退を防ぐために色々な面で政府が介入してきた。半導体もそうだが、全て失敗している。そうではなく、変革を妨げている既得権益や参入障壁を崩すことこそが重要だ。
だから国民も見守っているだけではいけない。政府による春闘介入や賃上げ税制といったレベルではなく、日本の社会を大きく変えなくてはいけないし、それは政治を変えなくてはいけないということだ。そのためにも、日本人の多くが危機感を持つことが重要だ。賃金が各国に抜かれてしまう、あるいは日本が先進国でなくなってしまうかもしれない、まさに瀬戸際にいるという意識を強く持たなければならない」。(『ABEMA Prime』より)
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