テレビ朝日からスタートアップへ 大木優紀元アナ、40歳で考えた“第2の人生” 「後悔はしていない」「自分がワクワクするほうへ」
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 去年12月にテレビ朝日を退社した大木優紀さん。18年半勤めた「キー局のアナウンサー」という立場を手放す決断は世間の注目を集めたが、なぜ今、このタイミングで決断するに至ったのか。

【映像】大木優紀さん語るアナウンサー“第2の人生”

 27日の『ABEMAヒルズ』に大木さんが出演し、テレビ朝日時代の先輩で現在はフリーアナウンサーの徳永有美、米イェール大学助教授の成田悠輔氏の質問に答えつつ、その決断の背景について語った。

 大木さんは2003年にテレビ朝日に入社し、『GET SPORTS』『やじうまテレビ!』『くりぃむナントカ』などを担当。2013年4月から2014年3月まで、2015年10月から2017年3月までの二度の期間で産休育休を取得し、復帰後は2018年10月からネットの『けやきヒルズ(現・ABEMAヒルズ)』、2019年から『スーパーJチャンネル』を担当するなど、様々なキャリアを積んできた。

テレビ朝日からスタートアップへ 大木優紀元アナ、40歳で考えた“第2の人生” 「後悔はしていない」「自分がワクワクするほうへ」

 テレビ朝日を退社後、新たな場所に選んだのは、スタートアップの旅行会社「令和トラベル」。転職を決めたきっかけについて、大木さんは「夜中眠れない日に、ベッドの中でスマホでネットサーフィンをしていて。令和トラベルの創業者の篠塚(孝哉)さんのnoteを読み始めたら止まらなくなった。1万字を超える令和トラベル創業に対する熱い思いが書かれたnoteを読んでしまったら、その瞬間に応募フォームから応募したくなるくらい衝撃があって。ただ、18年間もやってきて衝動的に動くのはよくないと思ったので、とりあえず自分の中で『1週間寝かせよう』と。1週間寝かせた後にやっぱり気持ちが変わらなかったので、応募フォームに打ち込んだ」と明かす。

 18年半の中で「異動したい」「転職したい」などと思ったことは一度もなかったものの、篠塚氏のnoteを読んだことで、「この会社はうまくいくだろう」「こんなにワクワクさせてもらえるものに出会えるだけでも感謝」という気持ちが芽生えたという。

 令和トラベルは現在、アプリ開発に注力しているが、世界的なコロナの感染拡大もあり、アプリの本格稼働は足踏みしている状態。テレビ朝日を離れたことに後悔はないのか。大木さんは「後悔はしていない」と率直に答えつつ、「想像以上にみんなが何を言っているのかわからないという戸惑いは、日々感じている。仕事に使うツール自体に慣れていないので、戸惑いと遠回りばっかりの日々」と明かした。

 前向きな気持ちの転職であり、大きな不安はなかった一方で、テレビ朝日在籍時は「会社に守られていた」ということも感じたという。「特にアナウンサーという仕事、局アナという仕事は、『テレビ朝日』という看板で仕事をさせてもらっていたので。“私自身に何ができるのか”というのを突きつけられて、怖いとかアイデンティティを失ってしまったような感覚はあった。『令和トラベルの大木です』と言っても、その令和トラベル自体が何っていう状況になったので、そのような感覚は大きかった」。

テレビ朝日からスタートアップへ 大木優紀元アナ、40歳で考えた“第2の人生” 「後悔はしていない」「自分がワクワクするほうへ」

 そんな大木さんに対して、成田氏は「怖いのと楽しいというのが両方あると思う。看板が失われるのと同時に、看板の重みから自由になる部分もあると思うので、楽しまれている感じもあるのかな」との見方を示す。

 それに対し大木さんは、「自分が思いついたことが形になるのが早い。あと、“会社ってこういうふうにできてるんだ”“規模が小さいからこそ組織が見えて、こう事業が動いていくんだ”っていうのを目の当たりにできるのは、大きな企業とスタートアップの違いなのかなと感じている」と頷いた。

■“35歳限界説”“女性アナ30歳定年説”も? 大木さんが考えた“第2の人生”

 直近では、日本テレビの桝太一アナウンサーが大学の研究員に転身することを23日放送の『真相報道 バンキシャ!』で発表し話題になった。桝アナは4月から、同志社大学ハリス理化学研究所で専任研究所員(助教)として“科学を社会に適切に伝える方法”について研究するという。

テレビ朝日からスタートアップへ 大木優紀元アナ、40歳で考えた“第2の人生” 「後悔はしていない」「自分がワクワクするほうへ」

 アナウンサーの“第2の人生”について、大木さんは「自分が転職しようと思って、いざ面接を受ける段階になると、アナウンサーという仕事がいかに偏ったスキルのものなのか(わかった)。人前でしゃべるとか原稿は読める、でも『広報だったらどういうことができるの?』『ツアーを作るとなったら何ができるの?』と突きつけられると、何もできないし何もやったことがないなということをすごく感じた」と、自身の経験からコメント。

 また、「自分ができること、自分の得意なことをガッと広げたいと考えているアナウンサーは多いんじゃないかな」と推察した上で、「私の同期の前田有紀(※1)や、後輩の青山愛(※2)ちゃんとか、いったんテレビ朝日を飛び出した後に勉強期間をおく方は多い。そういう意味で、勉強して自分のスキル・知識を広げたいというのはすごく理解できる」と語った。
※1前田有紀さんは2013年にテレビ朝日を退社、現在はフラワーアーティストに
※2青山愛さんは2017年にテレビ朝日を退社、現在は国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)で渉外担当官に

 転職サービス「doda」の調査によると、2020年に転職した人の平均年齢は32.0歳。この10年の推移を見ると平均年齢は上昇傾向にあるが、2020年はコロナ禍で景気が後退する中、経験豊富なミドル人材の採用が増えたという。

テレビ朝日からスタートアップへ 大木優紀元アナ、40歳で考えた“第2の人生” 「後悔はしていない」「自分がワクワクするほうへ」

 転職業界では“35歳限界説”もささやかれるが、大木さんは41歳で転職。また、アナウンサーから転身ということもありニュースで取り上げられたが、成田氏は「それが記事になるようではダメなんじゃないか」との見方を示す。

 「大企業のアナウンサーがスタートアップに転職するのがすごく珍しく、他にほとんど例がないからニュースになるのだと思う。でも、世の中がみんな自由にいろんな業界とか大企業とかスタートアップの間を行き来できるような社会になっていたとしたら、転職が珍しいニュースとして取り上げられることもないと思う。大木さんのような先例が次々できることによって、こういうことを議論しなくてもごく当たり前に受け入れられて、『ニュースにできない』みたいな社会になったらいいと思う」

 人生100年時代。これからの動き方について、大木さんは「ワクワクする方向へ飛び込んでいきたい」と語った。

 「そもそも私がテレビ朝日に入社時は、“女性アナ30歳定年説”みたいなものがあって。新卒で入社した後の10年ぐらいは思い描いていて、そこでゴールがあるような気がしていた。でも、私は40歳が考えるいろいろ考えるタイミングで、当たり前だけど“私の人生はまだまだ続いていくんだ”“まだまだ何かやりたい意欲がある”ということを感じた。40歳から50歳の10年というのを思い描いた時に、自分がワクワクするほうに飛び込んでいきたいという気持ちを強く持った」

テレビ朝日からスタートアップへ 大木優紀元アナ、40歳で考えた“第2の人生” 「後悔はしていない」「自分がワクワクするほうへ」

 ここまで、大木さんの話を自分事のように聞いていた徳永アナは最後、「今回転職されたけど、成功しても成功しなくても、どうなっても大丈夫なので。大木さんがこうやって笑って元気なのが一番な気がする。(番組に)帰ってきてもいいし、いろんな仕事もやってもいいし、気軽にまた遊びにきてくださいね」と呼びかけた。(『ABEMAヒルズ』より)

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