日本で今、スポーツを対象にしたギャンブル「スポーツベッティグ」について検討が始まっている。1960年代にイギリスで始まったものだが、2000年代に次々と参入する国が増え、2018年にアメリカが合法化になったことで、一気に勢いが加速した。市場規模は合法・非合法含め、約330兆円と莫大だ。元フェンシング選手で五輪メダリスト、現IOC(国際オリンピック委員会)委員の太田雄貴氏も、このベッティングには注目している。実現すれば非常に大きな産業が日本に生まれるが、ファンが心配するのは八百長の横行。これに太田氏は「教育と制度」の2つが必要だと説明した。
【動画】国内でも議論され始めた「スポーツベッティング」の現状
スポーツと八百長は、スポーツベッティングについて検討され始める前から、課題として語られてきた。日本では、公営競技(競馬、ボートレース、競輪、オートレース)など限られた競技にのみ賭けが認められているが、この競技の八百長対策は徹底されている。試合の数日前には携帯電話を預け、外部との連絡が遮断される。それでも国内外で八百長をして追放される選手が出てくる。ベッティングを導入したければ、ここは避けて通れない課題だ。
太田氏 しっかりとした教育が必要だと思います。やっぱり今のまま、いきなり導入するわけにはいかないです。ルールを守るのももちろんですが、まだまだ教育が足りないですので、我々も急いで何が何でも導入を、ということではなく競技団体と足並みを揃えていかないといけません。自分たちがイリーガルベッティング(違法賭博)に手を貸すということが、どういうことなのか。IOCでも、この賭けの問題は出てきますね。
調べていくうちに1つ傾向がわかっている。それは八百長を持ちかけられる選手が「活躍していない選手」ということだ。なぜそういう選手が狙われるのか。理由はシンプルに、「どちらが得か」だった。
太田氏 いろいろなデータを見ていくと、既にトップ選手になっている人は、違法なものに手を貸さないんですよ。テニスなどもそうで、世界ランキングがトップ30に入るような人は、違法なベッティングに手を貸すよりも、自分で勝った賞金の方が大きいからです。逆にけがをしてしまったり、勝てなくなってしまったりした選手には、悪魔の囁きがやってきます。
本来目指すべき勝利より、違法ながらも目の前に出された金に目がくらむ。アスリートとしての限界を感じればなおさら、戦うことで得られる金額よりも、わざと負けることで手にする金額の大きさを天秤にかけ始める。ここが八百長の始まりだ。
太田氏 だからこそベッティングの売り上げの中から、引退を迎えそうな選手たちへのサポートがしたいんですよね。将来への不安から、そういう違法なものに手を貸してしまう選手がいますので、そうならないようなサポートをしてあげないといけない。彼らが手を貸す気持ちにならないような整備が必要です。なので教育の機会と制度、この2軸だと思っています。
日本におけるベッティングでの八百長に対して、海外よりも自信を持てている点がある。ドーピングの好例があるからだ。直近行われていた北京五輪でも、ドーピングの問題でトップ選手が大きく取り上げられる事態になったが、日本人選手には1人もいなかった。
太田氏 日本選手はドーピングの検査で陽性になる人が非常に少ないです。陽性になった場合も、ほとんどの場合が海外で買ったサプリメントを、成分をよく知らずに飲んでしまったというパターン。オリンピックに出るようなトップ選手からドーピング陽性者が出ることはほとんどありません。これは日本が世界に誇るべきことです。理由は2つあります。1つは、日本人がルールをしっかり守る国民であること。決めたルールの中で一生懸命やることに非常に秀でています。もう1つは、日本アンチ・ドーピング委員会がしっかり教育をしてきたからです。
勝利が是が非でも欲しいのはアスリートの性。時には自分の体のことを顧みずにプレーする選手もいる中で、これほどまでにドーピングに対して徹底的に防げているのは、世界的にも稀有な例だ。この実績があるならば、日本にベッティングが導入されても、八百長が横行し、スポーツ産業が壊滅することは防げるのではないか。元アスリートである太田氏だからこその言葉だ。
「教育」という言葉でいえば、スポーツベッティングで集まることが期待される金を、全てスポーツ界に回すというよりは、むしろ社会に還元し、広く役に立つことを太田氏は望んでいる。その中には当然、子どもたちの教育も含まれている。
太田氏 基本的にしっかり稼いでいる人は、しっかり税金を収めます。本来もうちょっと「金持ちは悪」ではなくて、お金を持っている人が社会に対して貢献できているという風潮になるといいんですけどね(笑)。我々スポーツ界も、ベッティングによって自分たちの待遇をよくしたい、という話じゃないんですよ。このスポーツであがった収益が、何か使わなきゃいけないことの財源になってほしいんです。それが今までスポーツを応援してくれた人へのお返しとして使っていただきたい。それが教育だったり、青少年の育成だったり。創設される「こども家庭庁」の予算になるでも、いいじゃないですか。僕らがベッティングの対象になることで、世の中の役に立つという実感が得られる、救われる人がいるというのは、すごくいいことです。
日本では違法な今でさえ、海外では合法で日本のスポーツが賭けの対象になっていることから、八百長は日本の選手たちに持ちかけられている。それを防ぎ、かつ日本の財源として大きなものになる可能性を秘めたスポーツベッティング。課題をクリアし、実現した時に得られるものは大きそうだ。