3000以上の媒体が記事を配信している人気のニュースアプリ『SmartNews』が1日、新たな「媒体ガイドライン」を公表した。
中でも注目されるのが、「他者の著作物への過度な依存」という項目だ。ガイドラインでは「SNS、ブログ、動画、テレビ番組、他のメディア記事、プレスリリースといった情報からの転載を中心に構成されている、あるいは他媒体上の伝達内容を伝えることが中心となっているなど、他者の著作物に依存し、独自の視点や補足情報が乏しいコンテンツ」と定義されているもので、Yahoo!ニュースのアクセスランキングにも連日ランクインしている、いわゆる“こたつ記事”を指すとみられている。
発言がスポーツ紙などに取り上げられることもあるテレビ朝日の田中萌アナウンサーは「芸能人が髪を切った、晩ごはんを食べているのをインスタにアップした、くらいで終わっている記事は本当に多い。そういうものが排除される動きは評価したい」、プロデューサーの陳暁夏代氏は「いわゆる“炎上”を助長しているのも“こたつ記事“だと思うし、元ネタ、一次情報を確認せずに話題にしてしまう人がどんどん増えている気がする」と指摘する。
スマートニュース社では、こうしたコンテンツが「多数を占める場合」、「その媒体の配信する一部あるいは全てのコンテンツの掲載を制限あるいは停止する可能性を示す」としている。
■背景に“アテンション・エコノミー”が
今回のガイドラインについて、スマートニュース社は『ABEMA Prime』の取材に対し、「SmartNewsの信頼性をより向上させることに取り組み、多くの方に安心して利用していただくことを目指すもの。当社ではコタツ記事というカテゴリーや、その設定に基づいた判断をしていないため直接はお答えできないが、この基準はあらゆるジャンル、性質の記事に対して適応する。媒体ガイドラインの判断は、人によってのみ行う」と回答している。
国際大学GLOCOMの山口真一准教授は「スマートニュース社は創立当初から一貫して“情報のクオリティ”に目を向け、ユーザーがバランスよく情報に接触できるよう取り組んできた。一方で“転載”を中心とした、いわゆる“こたつ記事”が蔓延し続けている状況がある。そうした記事がSmartNewsに配信されているのは企業理念にも反するという考え方があるのではないか」と話す。
「背景にはPV(ページビュー)数に応じて広告収益が入るビジネスモデルがある。これはいわゆる“アテンション・エコノミー”(関心経済”にもつながっていて、丁寧な取材をして情報のクオリティを高めるよりも、記事を素早く粗製乱造したり、検索エンジンでより上位に表示されるための対策をしたりする方が儲かる、という考え方になりやすい。
それはしかし、過剰に煽ったタイトルの記事や誤った情報や不確かな情報が含まれた記事が配信されることにもつながる。例えば2016年にはDeNA社が運営していた『WELQ』が、著作権侵害だけではなく健康被害を生じかねない“こたつ記事”を配信して問題になったことがある。あれから6年が経つが、事態は改善されるどころか、むしろ悪化しているという指摘もある。そういった中で大手ニュースアプリ事業者がこのような取り組みを始めたのは非常に興味深い」。
その上で山口准教授は大きく2点の課題があると指摘する。
「まず、何が“こたつ記事”なのか、つまりどの程度のものを“他者の著作物への過度な依存”とみなすのか。そして、“こたつ記事”であっても楽しむ読者がいるからこそビジネスが成立しているわけで、それが排除されることでのスマートニュースや配信媒体の収入へのインパクト、そして社会へのインパクトについても注意して見ていく必要がある」。
■市場原理を働かせるのが本来の姿だ
ガイドラインでは、「根拠となる情報を適切に示していない」コンテンツも該当するとしている。ジャーナリストの佐々木俊尚氏は次のように指摘する。
「“こたつ記事”と上から目線でバカにするけれど、きちんと取材した記事だから素晴らしい、というのはマスメディアの思い込みではないか。例えば反原発を訴える福島の漁師さんの証言だけを集めたバイアスのかかった記事があったとして、それは取材現場に行っているから価値がある、と言えるのだろうか。また、勉強せずに適当なことを喋り散らかしているワイドショーのコメンテーターは、“こたつコメンテーター”じゃないか。
フェイクニュースや陰謀論ほどの害はない。“切り抜き”過ぎの記事もあるが、テレビやラジオでの発言であれば、それ自体は真正な情報だし、放送されたものは消えていくことになるので、それらがテキストになることによって記録として残り、多くの人に広まるという利点もある。その意味では、一本一本の記事、もしくは一つ一つの媒体が良質かどうかを仕分けしていても余り意味がなくて、我々にとって良質なメディア空間とは何かを考えたほうがいいのではないか」。
その上で佐々木氏は「プラットフォーム側が規制を強化していくことにはあまり賛成できない」とした。
「芸能人の名前を検索してみると、“結婚相手は?子どもは何人?”といったタイトルの個人のまとめブログ(トレンドブログ)が上位に出てくる。これらが大量に存在している。これらもPVが取れて稼げてしまうという構造的な問題があるからだ。つまり問題は、広告を掲載する媒体の価値を判断する基準がないことではないか。
テレビ番組で言えば、『ワールドビジネスサテライト』のような番組は、見ている人は少ないかもしれないが、高収入の視聴者は多いかもしれない。そうやって媒体の広告価値が高まり、単価も上がっていくわけだ。ネットのメディアでも、PVではなくエンゲージメント、あるいはどれだけ良質な読者と繋がっているのかが大事だと指摘され続けているのに、いまだに“どのくらいPVが取れるのか”と聞いてくるクライアントや広告代理店がいる。その意味では、PVは稼いでいるが価値がない記事、読者に対して広告を出向する価値がない媒体が淘汰されるよう市場原理を働かせるのが本来の姿だと思う」。
■書き手を育てる枠組みも考えるべきだ
元経産官僚の宇佐美典也氏は、ブロガーから出発して大手メディアに出演するようになった経験を踏まえ、「書き手の視点」を強調、「プラットフォームが旧来メディアの側に取り込まれたなという感じだ」と話す。
「記事ごとに判断していくことは現実的には難しいので、ここは“こたつ記事”が多いから媒体ごと排除しようということになるのではないか。それはつまり、旧来のマスメディアだけがビューを独占し、生き残る方向になるということではないか。HPVワクチンについて誤った情報を広めたのは誰だったのか。豊洲市場の地下水について、さも大問題であるかのように取り上げたのは誰だったのか。あるいは安倍元首相と森友・加計学園の間の疑惑をさんざん盛り上げておいて、結局出てこなかったことに関して、どう思っているのか。
そうしたことに対して別の見方やオピニオンを提供してきた中には、個人のブログを含む“こたつ記事”があったのではないか。最近もブログからの転載記事を集めていたBLOGOSというサイトが更新を止めてしまったが、筆一本で食っていこうと思ったら、誰だって初めは“こたつ記事”から入らざるを得ないと思うし、僕もそういう中で本気で書いた記事が、それこそ佐々木さんにリツイートしてもらって拡散したこともあった。
“こたつ記事”だからといって瞬間的に排除してしまえば、そういう経路みたいなものが遮断されてしまうことにもなる。むしろ“こたつ記事”の中でも良いものは評価して、その人が成長していく過程、ライターを育てる枠組みも考えるべきではないか。また、プラットフォームを運営する側としては、やはりメインストリームのメディアを大切にして、新しいメディアを排除した方が良いのだろうが、そうした動きがどのようなプロセスで進んでいるのか、そこは公正取引委員会や独占禁止法に基づいたところで見ていく必要もあると思う」。
■模索する人たちを手助けするしかない
米イェール大学助教授で半熟仮想株式会社代表の成田悠輔氏は「僕は“こたつ記事“が結構好きだ。それは、潔いからだ。世の中に出回っているニュースは、多かれ少なかれ“こたつ記事”な部分がある。誰々がこう言いました、と切り抜いているだけの“こたつ記事”は、それを隠すことなく前面に出しているという点で、まだ害が少ないのではないか」とコメント。
「イデオロギーの偏りを緩めるようなタイプのアルゴリズムもあるし、明らにフェイクニュースであるもの、コピペで作られたコンテンツを自動的に摘発する仕組みもできてきている。その意味では、“良いニュース”だけを届けられるアルゴリズムを作ることは原理的には可能だろう。
問題は、そういうことをやろうとするインセンティブが無いことだ。それはメディアやプラットフォームの側の問題であると同時に、僕たち側の問題だ。つまり、僕たちはオリジナルで質の高い情報や深い考察などを大して求めてはおらず、ちょっと心が踊るような煽り記事、友達と飲み屋で話題にできるような記事で満足してしまう動物だ。僕たちの側がどう変われるのか、というのが第一だと思う。
そしてメディアやプラットフォームの側も、しょうもない動物である僕たちがしょうもない情報を求めている限りは、それらを流し続けざるを得ないだろう。今回、スマートニュースはそれに対抗するような大義名分みたいなものを出してきたが、これを持続させられるようなビジネスモデルを作れるのかどうかが問題だ。つまり、現時点ではこういう打ち出しによって企業のブランド価値を高め、時価総額を高めようということだと思うが、その先に、彼らがどうやって稼いでいくのか、ということだ。
僕たちとしては、良質なニュースは何か、という答えのない問題に取り組んでいる書き手やプラットフォーマーに積極的に寄付していく、サブスクしていき、PVや広告というビジネスモデルによらないようビジネスをメディアが展開できる手助けするしかないように思う。僕もかなり課金している」。(『ABEMA Prime』より)
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