スペースXの「スターリンク」がウクライナの戦場で威力…日本は“軍事に使える技術はダメ”から転換すべき?
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 西側諸国からの支援を受けてロシア軍による侵攻を食い止めているウクライナ。実業家で世界的な億万長者でもあるイーロン・マスク氏率いる米スペースX社の「スターリンク」の活用も、ロシア軍の撃退に大きな効果を挙げているという。

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 「スターリンク」と、ウクライナ侵攻での使われ方について、4日の『ABEMA Prime』に出演した東京大学公共政策大学院教授の鈴木一人氏は次のように説明する。

 「宇宙を使って通信するという仕組みは昔からあったが、スターリンクが特別なのは、地球に近い“低軌道”から2500基、将来的には1万数千基の衛星を使って世界中をカバーする構想だという点だ。しかも最大で200Mbps出るという通信速度なので、普通のインターネットと比べても遜色のないネットワークになっている。

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 元々はイーロン・マスクが離島や砂漠など、インターネットのインフラがないところでも通信ができるよう、商用のシステムとして開発を始めたものだが、昨年、トンガで海底火山が噴火して海底ケーブルが切れてしまった時にターミナルを供給したし、今回も人道支援としてウクライナを提供、電力が供給されている場所では通信が可能な状態が維持されている。これは非常に大きいことだと思う。

 技術的には低軌道なので撃ち落とすことも可能だろうが、2500基の衛星をシンクロさせているので、全て撃ち落とそうとすれば、いくら弾があっても足りないし、大量生産されている衛星を使っているので、補充も可能だ。しかも衛星を用いた通信のサービスは『ワンウェブ』や古くからある『イリジウム』など他にもある。加えて妨害電波を出したとしても、ウクライナの国土は広大なので、事実上、通信を遮断することは不可能だろう。まさに戦場の最前線からでもキーウからでもアクセスできるのが、どこからでもアクセスできるというの、宇宙からの通信、スターリンクの強みだ。

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 また、スターリンクはウクライナ軍のドローンによる活動にも非常に効果的だ。ドローンはレーダーに見つかりにくいので、ロシアの防空システムに引っかからない。航空勢力で言えばロシアの方が優勢だが、ドローンを使った偵察、攻撃という点では、ウクライナ軍は21世紀的な戦い方をしているし、そこに対して戦車を押し出してきて戦っているロシア軍は20世紀的な戦い方をしていると思う」。

 また、マスク氏の決断スピードの速さも世界を驚かせた。同氏が「サービスが開始されました」とツイートしたのは、ウクライナのフェドロフ副首相兼IT大臣が「ステーションを提供してください」とツイートしてからわずか10時間後のことだった。

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 鈴木教授は「政府がやろうとすれば稟議を回して…ということで時間がかかってしまうものだが、スペースXという会社は言わばイーロン・マスクの“ワンマン企業“なので、彼が“良い”と言えば全て通る仕組みだ。そして、衛星から電波を落とす場合は各国のライセンスが必要で、日本でスターリンクが使える状態ではないのは許可が下りていないから。その点、今回はウクライナの副首相からの要請なので、初めから許可がある状態だったということもあるだろう。やはり宇宙に民間企業が入ってくることによって、政府と民間との境目がなくなってきている時代ということもできると思う」とコメント。

■軍事に使えるからダメだ、ではマイナスになる時代に

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 こうした状況についてジャーナリストの佐々木俊尚氏は「今回、スターリンクは良い結果をもたらしたと思うが、政府の力が及ばないインターネットの技術がもたらすものには両方の側面があると思う。例えばTwitterが麻薬売買の温床にもなっているとされるアンダーグラウンドな存在のTorの技術を使ってロシア国内からサービスを利用できるようにした。一方で、西側諸国による経済制裁が行われると同時に決済サービスがロシア市場から撤退した結果、資産を凍結されたオリガルヒなどが暗号資産を買い漁るといったことも起こりうるだろう。

 また、ロシアからのインターネット接続を遮断するという議論もあったが、それが現実になれば国内外との連絡が取りづらくなり、反戦活動への支援が難しくなったり、逆に西側に対する敵対的なイメージが作られる原因になったりする可能性が出てくる。日本ではGAFAと呼ばれる巨大テック企業がロシアで何を遮断し、何を提供し続けるのか、という問題は大きい」と指摘。

 プロデューサーの陳暁夏代氏も「ロシアとウクライナの戦争において、いち民間企業が力を与えることで“20世紀vs21世紀”と言えるほどの差がついてしまう現実が逆に怖いと思った。今回、イーロン・マスクはロシアをサポートすることもできたはずだ」と話す。

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 さらに元経産官僚の宇佐美典也氏は「経産省時代に研究開発を担当していたことがあるが、アメリカには軍がユーザーとなって民間企業のイノベーションを引っ張っている部分がある。防衛省の技術官僚とも議論したことがあるが、そういう仕組みは日本では政治的に認めないし、研究者のコミュニティも嫌がるので、結果的に防衛産業は苦しくなっていっている。また、装備に関する研究をする防衛装備庁においても、通信の研究は限定的なものになっているので、必要な技術については拡大しなければならないと思う」と話した。

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 すると鈴木教授は「例えば皆さんのポケットに入っている携帯電話端末にはGPS機能が備わっていると思うが、これはもともとアメリカ軍が作って稼働していたものが民間でも使えるようになった技術だ。また、これから日本でも技術開発が進んでいるロボットやパワードスーツは介護の現場などで活躍が期待されるが、軍が利用すれば機械化された兵士のようなものを作ることも可能になってくる。あるいはAIやバイオテクノロジーについても、一歩間違えれば兵器に使える技術ではあるが、同時に無くなってしまえば我々の生活にマイナスが出るものでもある」とコメント。

 「国会で経済安全保障推進法案という法律が議論されているが、軍事にも民間の経済活動にも使えるような技術がどんどん増えてきているという背景がある。やはり軍事に使えるからダメだとか、軍が使っているからダメだみたいなレッテルを貼ってしまうのは、技術開発や発展という観点からいくとマイナスになってしまう。“どっちを取るか”ではなく、“どっちもありうる、でも敵に渡らないようにする”ということを前提に議論することが大切ではないか。例えばロシアに加担することに繋げないためには、輸出管理や技術流出の管理の徹底が必要だ。

 また、日本で科学技術と軍事が分かれていたのは、どちらかというと技術者側の意思というか判断で、日本学術会議の軍事研究をしない、戦争研究をしない、というところから入ってきている。やはり第2次世界大戦までの日本の経験、反省からだが、それこそ80年近く前の話がずっと続いてきている一方、技術と国家、技術と軍事の関係もだいぶ変わってきているので、もう一回ちょっと棚卸をしないといけないとは思っている。これは法律で解決する問題とはちょっと違うと思う。さらにドローンやロボットがそうだが、中国がこの分野で伸びてくるとG7の国々が止めようとしても、中国から流れていってしまうということも起きうる。そういうものをどうやって止めていくのかというのも、次なる課題だ」と話していた。(『ABEMA Prime』より)

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