ロシアによるウクライナへの侵攻開始から2カ月あまり。そんな中、「制脳権」という言葉がクローズアップされている。
学習院大学非常勤講師の塚越健司氏(情報社会学)は「1950年代の朝鮮戦争の際、中国に捕まったアメリカ兵が同じことを言われまくった結果、解放された時には“中国万歳”という考え方に変わっていた、ということがあった。この現象にCIAなどが気付き、多くの国で研究が進み、知見が溜まっていったのが“洗脳(brainwashing)”だ。
制脳権も、もともとは2014年に中国の研究者から出てきた軍事的な議論だが、洗脳が文字通り“脳みそを洗う”ような大変な作業なのに対し、今はSNSを通して大量に情報を浴びせていけば、相手の感覚を変えることができるというものだ」と説明する。
「ロシアによるフェイクニュースの問題や、日本における“歴史戦”という言葉があるように、今は国家レベルで人の心や考え方をいかに動かすかが非常に議論になっている。実際、トランプ大統領の荒唐無稽な主張を信じる人がいたように、“ありえない”と思うような嘘であっても、言いまくれば信じてしまう人たちが出てくる。
その意味では、自分で考えることを養うものであるはずの教育と洗脳は紙一重だ。最も分かりやすいのがナチスドイツの手法だろう。朝から晩まで働いた人たちが疲れを感じ、頭が働くなった時間帯に、ヒトラーが強い言葉でユダヤ人を批判するプロパガンダを流し、人気を得ていった。現代のSNSの場合、24時間・365日ずっとお祭り状態で、つい見てしまう。いつ影響を受けているのかも分からなくなっていると思う」。
それは我々日本人にとっても無関係ではないようだ。
「背景に、不安を感じやすい情報環境があると思う。例えばLINEの既読スルー、グループチャットで自分以外のメンバーに何かあるんじゃないかと気にしてしまうといったことは無いだろうか。あるいはInstagramを頻繁にアップしていると、あたかも相互監視のようになって来る。そういう中で、“自分は取り残されているかも”という不安が出てくる。
加えて、“何かオリジナリティがある情報を発信しなくちゃいけない”という不安だ。例えばスポーツ新聞などの見出しは刺激的だし、本当なのかどうか分からない内容に扇動的なタイトルを付けている“トレンドブログ”のようなものもある。そういうものが検索でいくつも出てくると、“そうなのかな”と思ってしまうようになる。あるいはSNS上でも“何か言わなきゃ”とか“何か言いたい”みたいな人たちが、“いいね”ほしさの“アテンション・エコノミー”の中で様々な情報を流す。
そして見る側も、TwitterやTikTokを見始めるとスマホのスクロールが止まらない。そして“世の中こんなもんだ”と思ってしまったり、強い言葉を言ってくれる人の意見に“それだ!”となったりしてしまう。これが洗脳かといえば微妙だが、認識が変わるほどの影響を受ける可能性があったといても、立ち止まるのが難しい構造はあると思う」。
塚越氏の話を受け、ライターの速水健朗氏は「“YouTubeを見て親父がネット右翼になった”とか“ネットに慣れていない60代が陰謀論のハマってしまった”といった話をよく聞く一方、生まれたときからネットのある若い世代は“ああいうの、見なくていいから”と、むしろ耐性が付いているようにも思う」と指摘する。
塚越氏は「確かに、年配の人の方が騙されやすいという研究もあるが、人生経験があることで、反対の意見もちゃんと見ようと考えられるという見方もある。また、ネットネイティブの学生、20代の場合はSNSが情報源の中心である一方、“やっぱりここ見とかなきゃ”“スタンプ送っとかなきゃ”みたいなに人間関係を気にする中でリテラシーが上がっていくということはある」とコメント。
また、フリーアナウンサーの柴田阿弥が「意見を持てない人が不安になってSNSを見ちゃうとか、意見がバキバキにある人が自分と同じ意見ばかりをSNSで見ちゃうというのはよく分かるので、リアルの友達と会話をすることも大事だと思う。でも、友達がいない人をネットから救い出すのは難しい」、紗倉まなは「“SNSをやめる”と宣言したのに、やっぱり戻ってきたという人をたくさん見てきた。私も何度もやめたいと思ったことがあるが、断ち切るのは相当難しいと思う」と不安げに話した。
塚越氏は「人は不安になると人に意見を求めたり、依存しがちになったりすると思う。しかも今は、誰かよく分からないネットの微妙な人物がその対象になってしまいがちだ。僕も経験上、疲れている時、調子が悪いときには異様にTwitterを触ってしまう。しかし本当に必要なのはSNS上で信頼できる人よりも、やっぱり会える友達、“お前ちょっとヤバいぞ”と言ってくれる友達だと思う。難しいことだが、スマホを1日4、5時間、下手したら7、8時間触っているのはやっぱりまずい。きょうは30分に決めた、みたいなことも必要だと思う」と話していた。(『ABEMA Prime』より)
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