「個人の責任追及は容易ではない…」知床の観光船沈没事故から考える“責任者への刑事罰”と“組織罰”の問題
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 知床半島沖で観光船「KAZU I(カズワン)」が沈没してから2週間以上。乗客14人が死亡し、いまだ12人の行方が分かっていない。この間、徐々に明らかになってきたのは、事件を起こした知床遊覧船のずさんな管理だ。

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■難しい刑事責任の立証

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 元東京地検特捜部検事で企業コンプライアンスの問題にも詳しい郷原信郎弁護士は「安全を軽視しているような事情がたくさん出てくるほど、“こんなことを許していいのか”という思いになるし、それは家族の方々にとってはなおさらだと思う。しかし、いくらとんでもなくずさんな安全管理があったとしても、そのひとつひとつのとんでもなさが誰の責任だったのかを考え、刑事責任に結びつけるためには、事故がどういうプロセスで起きたのかが解明されなければならない。

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 そして、原因が分かれば責任の所在が明らかになるのか、誰かが責任を問われるような検証ができるのかというと必ずしもそうではない。たとえば軽井沢スキーバス転落事故でも、どうやってバスが転落したかという事故のプロセスは分かったが、責任を追及するのは容易なことではなかった」と話す。

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 「船を引き上げたからといって、本当に原因が確定できるのかも分からないが、船底に穴が開いて沈没したのか、高波を受けてひっくり返ったのか、といったプロセスも現時点では全く分からない。仮に船底に穴が開いていたとすれば出航したこと自体が過失だとは言えないことになってしまうし、船体に穴が開きそうだいうことが予見できた、船体に穴が開くような事故が起きることが予見できた、という可能性についても、事故の数日前に船体検査を受けているので予見できなかったと弁解されれば、なかなか責任は問えないということになる。

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 また、出航したこと自体がとんでもなく危険な行為だったとして罪に問おうとするならば、出航したことが事故に繋がったと言わなければならない。他の船が出港するのはとんでもないと考える中、あの船だけが出ていった。それはあの会社、あの船だけ考え方が違っていたという、危険性を表す事実ではある。しかし出航の時点では、それほど波は高くなく、午後から急に高くなったという。そこで“条件つき出航”であったとすれば、社長としては責任を回避しやすくなる。危険な状況になったら引き返す、ということになっていたとすれば、引き返さなかったことについては船長の責任になり、出航自体には責任を問われるような落ち度なかったという弁解が可能になるからだ。

 さらに、運航管理者だったはずの社長が病院に行ってしまったこと、そもそも運航管理者の要件を満たしていなかったのではないかという点についても、その通りだとすれば何から何までデタラメだ。それでも社長と連絡が取れていたら事故が回避できた、救命ができたと言えないといけないとなると、また別の問題になってしまう」。

■創設が議論される「組織罪」とは

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 実際、組織の責任者に刑事罰が科された事例は少ない。そこで注目されるのが、2005年に起きた福知山線脱線事故の犠牲者の遺族たちが求めている「組織罪」の創設だ。

 郷原弁護士は「国交省の運営行政が特にそうだが、経営が苦しい事業者に対して厳しい行政処分を科すことで会社が倒産してしまうと躊躇する部分がある。今回のことについては観光業が厳しい状況であることも背景にあったのではないかという気がする。もし行政に十分な対応が期待できないとすると、やはり個々の事業者に“事故なんか起こしたらとんでもないことになる”と思ってもらわないといけない。再発防止のためにも、事業者、その代表者に対してある程度の厳しい制裁が科されることが必要な面もある」と話す。

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 「これまでの事故の刑事罰は、本来やってはいけないことをやった、あるいは、やらなくてはいけないことをやらなかったという、行為者の過失が対象になる。しかし重大事故については色々な問題が重なり、個人としてはどうしようもない部分が多い。福知山線の脱線事故もそうで、社長の刑事責任を問われたのは、事故の8年前にATSを設置したかどうかという、悲惨な事故の場面とは関係ないところだった。

 そこで個人に限定するのではなく、その背景にある企業や事業者の安全管理のあり方、あるいは、その中心にいる代表者の処罰に目を向けることができないか、ということだ。それも、どこまでしっかり安全管理をしていたかを評価するシステムに転換することができないか、というのが提唱している制度だ。

 個人の処罰になると、その個人は絶対に隠そうとする。その点、提唱している制度では、背後にいる事業者や代表者を重視すし、“自分たちはここまでしっかり安全管理をやっていた、でも事故が起きた”と立証すれば免責しようというものだ。それが事故発生のプロセスを明らかにすることにも繋がる」。

 これにテレビ朝日田中萌アナウンサーが「ただ、数千人規模の企業の社長と、数人規模の企業の社長とでは、それぞれの従業員の距離も違うし、把握できていることもかなり異なるのではないか」と疑問を投げかけると、郷原弁護士は「その通りで、代表者罰が実現した場合は小規模の会社が対象になるだろうし、大企業に対しては事業者全体として、経営にもある程度の打撃が生じるような罰金刑を科すような制度設計になると思う」と話した。

■佐々木俊尚氏「インフラの老朽化に伴う事故が増加するのではないか」

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 ジャーナリストの佐々木俊尚氏は「家族感情を考えれば、“悪いのは誰だ”という話になるのは当然だし、責任も問われなくてはいけない。しかし、“誰を罰するのか”という議論だけになってしまえば、安全の問題がないがしろになってしまう危険もある。制裁というのは刑事罰だけではない。民事訴訟や、メディアに報じられたり、SNSで拡散したりすることでの社会的制裁もある」と指摘。

 その上で「厳罰化すればルールが守られるようになるというのは理想論で、実際には“隠す”方向に組織は動くと思う。また、事故そのものが増えているのか、という疑問もある。むしろ日本の安全対策は進んでいて、大きな事故というのは減っているのではないか。むしろこれからはインフラの老朽化に伴う事故が増えることが予想されるし、その時にメンテナンスしていなかった企業に刑事罰が処せられるとなると、“予算が投入できないので閉鎖します”という結論にもなってしまう」として、今回の事故を持って性急に規制強化や厳罰化の流れができることへの懸念も示した。(『ABEMA Prime』より)
 

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