ロシアによるウクライナ侵攻を受けた西側諸国に防衛強化を図る動きが高まる中、16日の経済財政諮問会議で示された“骨太方針”の骨子案にも「外交・安全保障強化」が盛り込まれた。また、自民党が政府に示した提言では、向こう5年を目途に防衛費を対GDPで1%から2%以上へ増額することを目指すとしている。
■世界で最も危険な地域になっていると考えざるを得ない
17日の『ABEMA Prime』に出演した防衛研究所の高橋杉雄・防衛政策研究室長は、「朝鮮半島と台湾海峡があるこの地域は、もともと世界で最も厳しい安全保障環境にあったことは間違いない。それが今般のウクライナ情勢によって、さらに厳しさが見えてくるようになったと言えるだろう」と話す。
「数年前までロシアに対する危機感はそれほど高くはなかったと思う。しかし現実には隣国に戦争を仕掛け、かつ、日本の周辺地域でも積極的に軍事演習を行っている。台湾有事についても“起こっても驚かない”というのが多くの専門家の答えだろう。“2030年までに”とか、“2035年まで”といったことは言えないが、中国が準備していることは間違いない。
一方、日本の防衛費は過去20年間、5兆円〜5.5兆円くらいで推移してきたが、イギリスのシンクタンクであるIISS(国際戦略研究所)が出している『ミリタリーバランス』のデータを見ると、中国、韓国、台湾と比べて38%だったのが17%と半分以下になっていて、東アジア諸国における相対的なシェアが下がってきていて、韓国にもあと数年で抜かれることになるだろう」。
ミサイルや核兵器の開発を進める北朝鮮、また、急激に軍事予算を増強している中国の中距離ミサイル、の脅威も高まっているという。
「これまでミサイル問題というと、安全保障のプロたちもインド-パキスタンの問題やイランを巡る問題を中心に考えてきた。しかし数に注目してみると、北東アジアは世界で最もミサイルの密度が高く、かつ政治的な問題を抱えている。ミサイルの脅威という意味でも、戦争の危険という意味でも、世界で最も危険な地域になっていると考えざるを得ない。それを踏まえて防衛を考えなくてはいけないと思う。
20年前の北朝鮮はまだ核実験をしておらず、ミサイルを撃ち始めた頃だ。それが今や日本に届く核ミサイルをすでに持っているとみられているし、アメリカに届くものも開発中だ。
また、中国が保有する2000発うち、約200発がアメリカまで届くミサイルで、残りの約1800発が台湾や日本、さらにはグアムも狙えるミサイルで、これは今回の戦争でロシアがウクライナに向けて発射したミサイルとほぼ同数だ。しかも命中精度が非常に高く、例えばこのスタジオの真ん中を狙ったとして、このテーブルに当たるくらい、ほぼピンポイントで落ちてくる。中国のミサイル戦力は、それくらい進歩しているということだ。
これは個人的な見解だが、基本的には飛行場、あるいは港は全て目標になり得ると思う。Google Earthで見ることができるが、ゴビ砂漠にある中国のミサイル射場がある。沖縄の嘉手納弾薬庫地区にあるパトリオットの基地を概ねカバーできる範囲のエリアに、クラスター爆弾のミサイルを撃った形跡がある。横須賀基地そっくりの目標とイージス艦のサイズの目標もあって、そこにミサイルを撃って、しかも当たった形跡があった。それくらい中国は準備していて、狙ったところに当てられる能力があるということでもある」。
■敵基地攻撃能力による抑止力はどれほどのものなのか?
そこで注目されるのが、自民党の安全保障調査会が国家安全保障戦略などの改定に向けた提言だ。いわゆる「敵基地攻撃能力」を「反撃能力」へ名称変更する他、その攻撃対象を敵のミサイル基地から「指揮統制機能」へと拡大すべきだとしている。高コストとされるミサイル防衛システムの抑止効果との兼ね合いついてはどう考えればいいのだろうか。
「攻撃能力だけだと撃たれた時に防ぐ方法がない。撃たれた時の損害を限定するために守る力も必要だということだ。あくまで個人的な考えということで申し上げるが、まずミサイルを撃つ側は、自分たちに最も都合のいいタイミング・場所を決めて攻撃することができる。一方、それらを決めることができない守る側は24時間365日、守るべき土地を守り続けなくてはならない。必然的に攻める側は資源を効率的に使えるのに対し、守る側が無駄なコストが増えてしまうということだ。
さらに守る側に反撃の能力がなければ、攻める側は自分たちの都合で準備することができる。例えば20発のミサイルを秒単位で同時に撃てたとしても、相手側が反撃をしてくるとなれば、ある程度は隠れなくてはいけないので、現実的には同時に撃つのはなかなか難しくなる。それが仮にタイミングをずらして5発ずつ撃ってくるということになれば、ミサイル防衛による迎撃の有効率が変わってくる。その意味でも、反撃能力は有効であるとされている。
ただし、どんなに安い性能の悪いミサイルでも、どんな性能の高いミサイルでも同じように撃墜しなくてはいけないので、いわゆるコスパという点でいえばミサイル防衛システムは厳しい。しかし島を守るとか、ウクライナにように広い土地を守ることでいうと、待ち伏せできる守る方が有利だ」。
その上で、反撃能力の保有が戦争につながるとの指摘に対しては、次のように説明した。
「そうした危険性が最も高くなるのは、両方が攻撃兵器だけを持っていて、一方が1発目を撃った時にもう一方が1発目で相手の戦力を全て破壊できる、というような場合だ。なぜなら、お互いに“撃たないと負ける、早く撃たないといけない”と思うので撃ってしまう。第1次世界大戦がそのパターンだろう。ただ、今の日本にはミサイル防衛システムがあるので、1発目を撃たれても、それを防いだ上で、2発目以降をどうするか、ということになる。
また、身も蓋もない話だが、韓国が弾道ミサイルを開発していて、射程が北朝鮮にギリギリ届くくらいから800km超、つまり中国に届くくらいになってきている。しかしアメリカのミサイル防衛システムが韓国に入ることに大反対して経済制裁までした中国は、韓国に対しては何の反応もしていない。このことについて中国人に聞いてみたところ、“撃ってきたら3倍返しするだけなので脅威ではない。俺たちの脅威は、あくまでもアメリカだ”という反応だった。おそらく日本に対しても同じような見方をしているのではないか」。
■アメリカが援軍をかき集めてくるまでの時間をいかに稼ぐか?
では、日本は今後、何をどの程度まで整備しなければならないのだろうか。高橋氏は「“どのくらいあれば十分か”“どこまでできれば安全か”という問いに対しては、はっきり言って答えがない」とした上で、中国を念頭に次のような見方を示した。
「一般的には攻める側が勝つためには守る側の3倍の兵力が必要だといわれているし、西太平洋で現存する兵力だけを見れば中国側が優位に立つ可能性があるので、中国側がそう考えたら戦争が始まる可能性はある。これから中国の防衛費はさらに伸びてくると思うし、その意味では、現状の1対4の防衛予算では厳しいと思う。2対1から3分の1までということは考える価値はあると思うが、“どこで諦めるのか”という問題になってくるだろう。
一つ言えるのは、“グレーゾーン“への対応だ。尖閣諸島や北朝鮮に対して日々警戒監視を行っているが、航空機や船舶を頻繁に動かせば、それだけの費用が必要になる。その穴埋めしていかなくてはいけない。あるいは先ほども指摘したように、極超音速兵器を含めミサイルの脅威が非常に深刻化しているので、ミサイル防衛の近代化や自民党などで議論いただいている反撃能力に“是”ということであれば、そこに費用をかけていく。
一方で、アメリカが世界中から援軍をかき集めたとすれば、アメリカの方が有利になる。つまり、それまでにどれくらいの時間がかかるのか、そして、その時間をどうやって稼ぐかがポイントになってくる。それが何年になるかは分からないが、中国側もアメリカ側が介入しないようにプロパガンダや世論工作を仕掛けてくるだろう。
そういう中で、国としては色々なことを考えなくてはならない。社会保障の増大や公共インフラの老朽化、地方の人口減少などのリスクをテーブルの上に全て並べた上で、どこまで防衛費にかけるのか議論する必要があると思う。それが国会や政治の責任だと思う」。(『ABEMA Prime』より)
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