「役所にはなるべく頼らない。生活に必要な分だけ稼げればいい」国家は転覆せず利用するもの?若者たちの“新しいアナーキズム”が映し出すもの
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 近年、関連書籍が相次いで出版されている「アナーキズム」(アナキズム)。国家などの権力を否定、個人の自由に基づく社会を実現しようという、19世紀後半から広まった思想だが、近年では公共サービスの一部を享受しつつ共助をベースに生活を送ろうとする、いわば“ゆるふわアナーキスト”が現れているのだという。

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■自分たちの生活を守るのは自分たちじゃないか、というのが基本的な態度

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 アナーキストを自称し、住まいがある広島県尾道市での暮らしをYouTubeで発信する「思想家」のみくさん(38)は、「自分の定義では“どこまで追求するか?”という程度の問題であって、基本的には皆さんにもアナーキストの素質がある。むしろほぼすべての人はアナーキストじゃないかなと思っている」と話す。

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 アナーキズムの根本には人と人がリアルに繋がって助け合うという共助の考え方がある。全てを国家がやってくれるわけじゃないということは皆さんも分かっていると思うし、国に対して"変えろ"と言ったとしても、変わるわけないことも分かるじゃないか。自分たちの生活を守るのは自分たちじゃないか、というのがアナーキストの基本的な態度だろう。

 僕の場合、皆さんが受けているような行政サービスを、避けるということはしていない。市役所とかはめんどくさいので、行かないとかそのぐらい。つまり、"ハードコア"ではないということだ。ただ、警察はいらないと思う。そういうシステムは自分たちで作ってしまえばいい。国民年金のような社会福祉も自分たちでどうやって作っていけばいいかを考えればいいのではないかと思う」。

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 みくさんは資本主義に対しても抵抗しようとしている。収入源は週3日だけ営業するドーナツ店の売上、約20万円のみ。それでも家賃や生活費など、必要最低限は賄えるので十分だと話す。

 「今の世の中では“お金があった方がいいよ”という価値観、資本主義のゲームに乗っかって、"皆よりも売れ、皆よりも稼げ"という価値観に支配されていると思う。経済と政治は車の両輪で、資本を持っている人たちが政治と絡むことで権力に取り込まれてしまえば、個人の生活や幸福を考える上で弊害が出てくると思う。そこで、資本主義からどれだけ距離を取れるか?ということを実践している。僕の場合は月20万円で生活できるから20万円だけ稼げばいい。働かずに余った時間が人生にとってすごく大切で、遊んだり寝たり本を読んだり、基本的には何もしていない。

 やはりハードコアにやればやるほど不可能や矛盾が出てくるし、そこに真面目に取り組むのはアナーキズム的じゃない。否定したり離脱したりのではなく、国家でも資本主義でもとりあえず使って、自分たちでどうやって生きていくかというのを考えることだと思う。違う考えの人たちとも平和的に生活していくことを実践していこうというのがアナーキズムだ」。

■「みくさんが日本で現れたというのは画期的なこと」

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 教科書的な「アナーキズム」とは矛盾だらけのようにも思えるみくさん。しかし明治大学の田中ひかる教授(社会思想史)は「これはポスト工業化社会の世界的なトレンドだと思う。ヨーロッパやアメリカでは、みくさんのような人たちが確実に増えている。失業者の多いドイツでは1980年代くらいから増えていて、失業保険をもらいながら空き家を不法占拠、水道もガスも電気も盗みながらコミュニティを作る。これがヨーロッパの伝統的な若者のやり方なので、みくさんが日本で現れたというのは画期的なことだと思う」と話す。

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 「19世紀後半に生まれたクラシックなアナーキズムにおいては“国家の廃止”という言葉がよく出てきたが、これはトップダウンで社会を変える方がいいという社会主義に対する、“それでは新しい支配が作られてしまう”という反発からだった。アナーキズムは“無政府主義”と訳されているが、本当は無支配主義(“支配=archi”に接頭詞の“無い=an”が付いてanarchi)、真っ平らな状態で横に繋がっていった方が人間としては幸せなんだ、自由で平等なんだという考え方だ。そしてかつては国家が問題にされていたが、宗教や恋愛、家族なども人の心を支配するということで問題にされていったということだ。

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 例えばデンマークのコペンハーゲンにクリスチャニアという街があるが、これはいわば空き家だ。政府は認めていないが、70年代に若者たちが占拠して以来、2世代、3世代と長きにわたって自治を行っていて、違法薬物を売ったり、自転車を作ったりしてエコロジカルに生きている巨大なコミュニティだ。あるいは南米のスラムも、そうした一つの事例だと言われている。

 日本でも特に福島第一原発事故以降、東京から若い人たちが地方に移り住んでいるが、ヨーロッパに比べて法律が厳しいためにスクワット=空き家占拠に発展しなかった。ただ、ヨーロッパも法律が厳しくなっているので、最近では共同で買い取って財産にして、市場に売り飛ばさないような仕組みを作った。ドイツでもアナーキストによる取り組みが100カ所ぐらいであって、資本家によってぶん捕られた共有財産を取り戻す、という動きが出てきている」。

■“中途半端に見えるアナーキズム”がこれからの時代の答えになる?

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 ジャーナリストの佐々木俊尚氏は「地方にヒッピーコミューン、エコビレッジをやっている若い知り合いがたくさんいるが、みくさんの場合も、そういう生き方をアナーキズムと呼んでいるんだと感じた。戦後の日本社会は公と共同体と個人のうち、真ん中にある共同体の部分が抜け落ちて行政と自分しかなく、中間を会社が代替してきた。終身雇用が崩壊する中、老後が不安になってきたり、シェアハウスで暮らす人たちが増えてきたのもその現れだと思うし、、“反権力”とか言って国に歯向かうよりも、国に頼るのではなく、なるべく自分たちで作った共同体の中で完結させようというのはありだと思う」とコメント。

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 米・イェール大学助教授、半熟仮想株式会社代表の成田悠輔氏は「イーロン・マスクやピーター・ティールのように、シリコンバレーの起業家たちの中には、国家のようなものへの軽侮を露わにするタイプの人が多いと思う。あるいはGAFAMのような巨大IT企業は、元々国家が持っていた機能を代替するような形で国家とガチンコで戦っている。さらにブロックチェーンや暗号資産が出てきたことで、法や通貨のような、国家の専売特許だったものを、もはや企業でもない形で運営しようという発想も登場した。これらがアナーキズムの現代的な形なのではないかと思う」と指摘。

 その上で「中国のような権威主義体制の国家が繁栄し続けた例がないことを見ても、行き過ぎた権力も、行き過ぎた反権力も上手くいかないのだと思う。また、国家による支配に対するアンチテーゼとしてアナーキズムが出てきたわけだが、一方で今の民主主義というのは権力を分散させる仕組みを内蔵しているので、総理大臣でさえあらゆることに監視されているし、逆に有権者が力を持っているかと言えばそうでもない。そう考えると、中間の領域で持続可能な社会を作っていく、いわば中途半端に見えるアナーキズムみたいなものも、これからの民主主義の一つの答えの部品になるのかもしれない」。(『ABEMA Prime』より)

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