「中小企業を潰せと言ったことは一度もない。経営者はギリギリの“筋トレ”を」デービット・アトキンソン氏と橋下氏が語った“日本の賃上げ戦略”
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 23日のABEMANewsBAR橋下』に菅前総理のブレーンとして経済政策などの助言を重ねてきたことで知られるデービット・アトキンソン氏(小西美術工藝社会長兼社長)が出演。日本の観光戦略や、賃上げ戦略について橋下氏と議論を交わした。

【映像】橋下徹×デービッド・アトキンソン 観光立国「魅力1位」より大事な事/最低賃金UP

■「一生懸命に作った物を安く売れば、その分、自分の賃金は低くなる」

「中小企業を潰せと言ったことは一度もない。経営者はギリギリの“筋トレ”を」デービット・アトキンソン氏と橋下氏が語った“日本の賃上げ戦略”
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アトキンソン:私は成長戦略会議で6年間、“生産性問題”を訴え続けてきた。生産性向上戦略と観光戦略は違うと思われる人も多いかもしれないが、観光収入の半分は飲食と宿泊だ。しかも相当な人数が働いている。にもかかわらず、日本の業界の中で生産性、賃金が最も低いのが飲食・宿泊業界だ。ここに外国の需要を持ってきて、なおかつ外国人向けのマーケットをやっていく。そこで目指すべきなのが単価の引き上げ、賃金上昇、雇用の安定だったということだ。

戦後のベビーブームに生まれた世代が若かった頃は冷蔵庫や車を買うし、スキーやビーチにも行くの、値段が安くても人数がいるので総額は大きくなる。ところがこれが1973年に止まり、1993年からは生産年齢人口が下がり始める。そうなると、物を買わないのではなく物が揃っているから、今度は違う商品やサービスを提供しなければならない。しかし頑固にビジネスモデルを変えなかった。だから経済が低迷した。そして成り立たなくなると“政府が悪いんだから、政府が買ってくれ”と。

橋下:国が発展して先進国になる前は“皆が使うような商品を安く売る”、というコスト競争を通らなければならないが、日本はもう付加価値を高めるところに行かないといけない。それがこの30年、なかなかできていなかった。

そこで外国人観光客に日本を回ってもらってお金を落としてもらおうというビジネスモデルだが、以前は誰もそれが産業になるなって思っていなかった。残念ながらコロナになってしまったが、全体で4.5兆円近く、関西だけでも1兆円近くの消費が飲食・宿泊にどんどん落ちるようになっていった。

アトキンソン:ただ、日本の観光戦略には勘違いが結構あった。日本は「伝統と革新がすごい」とか、「漫画が」とか、「おもてなし世界一」とかいうが、修行に来るわけでも、修学旅行に来るわけでもないので、それだけではいけない。楽しい時間を過ごしたいという、いわば“暇つぶし”のお手伝いなので、歴史・文化、例えば神社仏閣だけでは観光立国にはなれない。

その一つが、和食しか宣伝しないということだ。統計を見ると、日本人だって和食を食べるのは1日1食だけ。日本人でさえ食べていないのに、どうして外国人に押し付けようとするのか。そうではなく、「色々なものがありますよ」ということをアピールするとポーンと来る。

そこで私が訴えていたのが、国立公園の全面的な活用だった。日本の自然は海外とは違った特徴的な美しさがある。自然災害の多い日本列島では、やっつけられては復活してきた色々な動物・植物の多様性がある。その点、諸外国は“強い動植物”だけが勝ち残ってしまっているので、例えばイギリスではブナの森には他の植物がない。

それから、私は元アナリストなので、調査と分析をして、何を解決すべきなのかを当時の菅官房長官とずっと考えていた。他の人が「日本は素晴らしい国でしょう」と言っている間に、菅官房長官は自分と「成田空港に着陸してから成田エクスプレスに乗るまでの時間は何分か」といったことを見ていた。政治家としての現場感は日本一か世界一だと思った。

橋下:和食以外の食事も美味しいし、宗教も雑多。そういう多様性を売りにすれば飽きずに楽しんでもらえると思う。ただ、すばらしい四季があって、食べ物がおいしくて、温泉もありますよ、みたいな話をするところを、菅さんは「20分くらいで入国できるように」とか「携帯電話の充電ができない」とか、そういうところを見ていた。でも、政治・行政の実務というのは、そういうことの繰り返し。本当に細かいところを、官房長官くらいの人が号令をかけないと動かないのが日本の弱さ。そこは局長、課長くらいでガンガンやっていかなければいけない。

例えば昔の伊丹空港はJAL・ANAが当たり前のように別々の出口だった。そこで民間の人が、一つにすれば、同じで出口から倍のお客が出てくるんだから、その前にお店を作ったらいいじゃないかと。実際、551蓬莱はJALのお客さんしか買わなかった。それが今は長蛇の列(笑)。民間の力も借りてそういう積み重ねをやっていくことが観光立国につながる。

アトキンソン:そして日本人は決まった時期や土日にしか来ないかもしれないが、外国人はながければ2週間とか1カ月とか滞在する。つまり稼働率が年間を通してのものになる。これは扱いとしては輸出産業だ。だから国内で作った物を外国人に持って行けばいいじゃないのと。例えば果物を持っていくと日本の10倍以上の値段で売れる。むしろ海外では“安物はまずいに決まっている”という考えか方があるので、ある程度は単価を上げないと誰も買ってくれない。

海外は賃金が高く、日本は賃金が低いのも、ある意味では自業自得。一生懸命に作った物を安く売れば、その分、自分の賃金は低くなる。それなのに、“なんで私の賃金が低いの?”と言っている。

橋下:ワインの場合は1万円、2万円のものが普通に売っているのに、日本酒で1万円というのはほとんどない。だから僕らも高い飲み物だという感覚はないが、外国人からすると、“これがこの値段か”、という話になる。無理やり値段を上げようということではないが、伝統工芸も含めて本当はもっと価値があるということを外国人にも入ってきてもらって再評価をしてもらうことも必要だ。

やっぱり戦後の焼け野原でやっていたあの感覚、それも戦略だったのだろうが、僕ら日本人に染みついてしまって、転換するのが遅れてしまった。芸人さんの舞台だって、安すぎる。外国ではショーは高い。インバウンドでどんどん外国人が入ってくれば、吉本興業のライブのチケット料金も上がっていくと思う。

アトキンソン:そこで単価を上げる一つの方法が、設備投資だ。お金を持っている人たちが来ているのに安いホテルしかないと、日本にお金が落ちない。そこで5つ星、4つ星、3つ星のようにホテルを作って、多様な単価を作らなければならない。そこに国が補助金を出す。この戦略が成功したので、これを経済全般に持っていこうというのが成長戦略会議だった。残念ながら1年間で終わってしまったが、今もの流れというのは変わっていない。

橋下:大阪も立地の問題から高級ホテルが少なかった。そこで付加価値を高めていこうと、海外のホテルのように、都市戦略として緑があるところ、大阪城公園が見えるところに作れないかと。色々な規制があったが、なんとか十数年かけてできた。

■「経営者の皆さんは、ケガをしないくらい程度にクタクタになれるのか」

「中小企業を潰せと言ったことは一度もない。経営者はギリギリの“筋トレ”を」デービット・アトキンソン氏と橋下氏が語った“日本の賃上げ戦略”
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橋下:岸田政権の言う分配というのも必要ではあるが、日本の付加価値をもっと高めていこうというところが、見えない。賃金も上昇させるためには付加価値を高めてからだと思うが。

アトキンソン:分配という概念はいいが、そのための唯一の武器が最低賃金だ。安倍政権の時から毎年3%上げていって、菅さんに変わった時にゼロになった。海外ではコロナの影響が大きかったにも関わらず、5%上げていた。そこで菅さんに「海外はみんなこうやっているよ」と話をした。商工会議所は3%上げていったら企業が大量に倒産して失業が増えると反対したが、菅さんは「3%上げなさい」と言った。その後、大量の失業者が出ただろうか。大量の企業が倒産するというのは?逆に今、史上最低水準だ。

橋下:アトキンソンさんは「最低賃金のラインを決めれば、その達成のために皆が付加価値を高めるだろう」と主張しているが、経営者側は「人件費が上がると経費が増えるから勘弁してくれ」と言う。この最低賃金の考え方について、日本は厚生労働省が所管しているし、どうしても社会福祉・社会保障の考え方のようになっているが、“筋トレ”のように、ある程度は企業に負荷をかけて「頑張れ」と言う発想が必要だと。これを政治の力で浸透させないといけないということで、菅さんもやろうとした。ただ、どこまで上げられるのか。計算でできるのか、という問題があると思う。

アトキンソン:ものすごく大事な指摘だ。ただ、最低賃金と労働生産性、付加価値は言うまでもなく連動している。最低賃金というのは、法的にこれ以下の給料を払ってはいけないということなので、その給料より少ない給料で組んでいるビジネスモデルは成り立たない、最低の付加価値だ。諸外国でも、これを上げていけば経営者は動かざるを得ないというのが統計分析で分かった。諸外国は90年代後半に変わっていった。

日本の場合、上場している大企業で働いている人は国民の3割くらいで、給料も付加価値もすでに高い。大企業を良くすることは否定しないが、残り7割の、中小企業で働く日本人は何の恩恵も受けない。この中小企業が元気になっていかないと、日本人の賃金は絶対に上がらない。残念ながら「アトキンソンが中小企業を潰せと言っている」といわれるが、潰せと言ったことは一度もない。

ただ、中央最低賃金審議会を厚生労働省ではなく、内閣府もしくは経産省に持っていってほしいと言った。諸外国の場合、経済学者の総合判断で、もしくは統計学者の分析で徹底的に審議することによって、今年はどこまで引き上げるべきか。同時に、どこまで企業に余裕があるのかを議論する。その点、今の日本のやり方は労働組合と経営者が腕相撲をやっているようなものだ。実際、商工会議所と何回も対立したが、払えない、大量の倒産が始まると言われた。大量というのは何業で、どの都道府県で、何社が、というシミュレーションを出せと言った。

橋下:日本の政治・行政の一番苦手なところ。大阪府でマーケティングリサーチチームという部署を立ち上げたことがあるが、それまでは、どうしてこの補助金の額なのか、何の計算もなくやるわけだ。そういう手法を学ばなければならない。

アトキンソン:海外の場合、データが毎日のように集まってきて、スーパーコンピュータや数学者、統計学者が分析するので、最低賃金を何円にすればいいのかというのがパッと分かる。日本はまだ昔ながらの概念、理屈、思う・思わない、という世界だ。観光戦略でよく分かったことだが、結局、そんなに難しい話ではない。日本は途上国じゃないし、技術力も教育もインフラある。ただ、それらを活用できていない。自分としては、最低賃金を1%、2%上げるだけだったら岸田政権は失敗。物価は2.5%上がっているんだから。5%だったら信用できる。

橋下:中小企業も、“うちは無理だ”と言うのだったら合併や規模拡大によって投資できる状態に持っていくとか。そりゃトレーニングはしんどい。負荷をかけられるのはみんな嫌。でも、負荷をかけないと成長しないと。そこは政治が反発を食らってでもやるべきところだ。

アトキンソン:筋トレを自分でやると「この辺にしておこうか」となってしまって、なかなか成果が出ない。コーチに教わって、ケガしないように、ギリギリのところまでやる。確かに終わった後はクタクタだと。経営者の皆さんが、ケガをしないくらい程度にクタクタになれるのかということだ。(ABEMA『NewsBAR橋下』より)

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