将棋の藤井聡太竜王(王位、叡王、王将、棋聖、20)の戦いぶりを示す言葉に「藤井曲線」というものがある。ファンの発言をきっかけに定着したもので、将棋ソフト(AI)で形勢を示す折れ線グラフが緩やかに藤井竜王の勝利を示す方に傾いていく様を表現している。この言葉が出始めたころ、敗れた対戦者が「気づかないうちに悪くなっていた」というコメントを多く残し、知らず知らずに不利、劣勢、敗勢へと追い込まれていたことがよくわかった。ただ、最近ではこの「藤井曲線」に乗せられたまま負けないようにと、あの手この手を使って“強制離脱”を試みている。
藤井竜王は王位として8月24、25日の2日間、お~いお茶杯王位戦七番勝負の第4局で挑戦者の豊島将之九段(32)と戦った。最終盤には一手間違えば形勢大逆転という熱戦になったが、藤井竜王は間違うことなく勝利への道筋を歩き続け、見事に勝利。防衛、王位3連覇に王手をかけるとともに、10回目のタイトル戦出場にして1度も失敗することなく、史上最短での通算10期を達成しようとしている。
藤井竜王の強さは多くの棋士が、いろいろな例え方をしているが、ファンから発生したもので有名なのが「藤井曲線」。棋士の間でも浸透し、対戦する際にはいかにこの曲線から外れるかを考える。序盤から研究手をぶつける実力者も多く実際、藤井竜王が登場するタイトル戦では毎局のように新手が見られるほどだ。ただし藤井竜王の研究も深く、また初見であってもその場でうまく対応することから、結果としていつもの曲線が描かれることも少なくない。
「このままでは負けてしまう」。指しにくさ、さらには不利を感じ始めた棋士からすれば、藤井竜王を相手に「終盤で勝負」という発想はあまりしないだろう。相手は詰将棋でも断トツの力を持ち、自玉・相手玉の安全度を瞬時に見極める強者。リードしているならまだしも、遅れを取っているままの終盤はノーチャンスだ。ならば、多少の無理は承知でも大きく変化して間違いを起こしにいくしかないのではないか。こう考えた対戦者は、将棋ソフトが示す最善手ではなく、評価を大きく落とす別の選択をする。
将棋ソフトの評価を見ながら観戦しているファンからすれば「悪手だ」「一気に悪くした」と指摘したくもなるが、実際に指している棋士は百も承知。それでも今の道を歩いていては、勝ちが見えない。将棋の言葉で言えば「勝負手」。これを指さなければいけない状況に追い込まれるところにも藤井竜王の盤石の強さがわかる。
どんどんと指し進めるほど、身動きが取れなくなってくる対藤井戦。形勢グラフが対戦者から見て大きく落ち込んだ瞬間は、終局近しとも思われるが、その手は一発逆転を狙ったもの。藤井竜王がうまくかわして勝利を収めるか、事件が起きるのか。長時間の対局でも、そこが一番の見どころだ。
(ABEMA/将棋チャンネルより)