今年1月、アメリカでブタの心臓を使った移植手術が行われた。患者は末期の心疾患で、通常の心臓移植や人工心臓には適さないと診断されていた。
移植に使われたのは、人に適合しやすくなるよう遺伝子操作されたブタだ。術後は大きな拒否反応もなく、患者の経過は良好だった。しかし、その2カ月後に患者は死亡した。
動物から人への異種移植。アメリカでは広く研究が進んでおり、日本でも関心が高まっている。厚生労働省は、国内での異種移植の実施における安全性の担保など、指針作りに乗り出す。
Twitterでは臓器不足解消に向けて期待の声があがる一方、倫理的な問題を指摘する声もある。ニュース番組「ABEMA Prime」では、異種移植のメリット・デメリットを専門家と共に考えた。
厚生労働省の方針を専門家はどのように受け止めているのだろうか。国際異種移植学会会長を務めた経験もある、愛知医科大学病院の小林孝彰教授は「安全性が確保されていない中で、本当に日本でやっていいのか。考える必要がある」と話す。
アメリカでブタの心臓の移植手術を受けた患者はなぜ、2カ月後に死んだのか死因は分かっていない。身体からは豚サイトメガロウイルスが検出されたが、死因と直結しているかどうかも不明だ。小林氏は「検体として患者さんの状態が悪すぎた」と見解を示す。
「ECMO(エクモ)という体外式膜型人工肺で、ある意味、動かない心臓をサポートしていた。ECMOは、新型コロナに感染したときにも使われるが、あれは肺で、今回は心臓が原因で使われていた。ECMOを使うほど状態が悪い患者さんは、人の移植でも成立しにくい。もう少し状態が良い患者さんで、ある程度の手術数を行わないと、なんとも言えない」
小林氏の説明に、ネット掲示板『2ちゃんねる』創設者のひろゆき氏は「豚サイトメガロウイルスがいたのは、そこまで重大な話ではないのか。事前の調査自体が間違いだったのか、それともウイルスが移植中に発生してしまったのか」と質問。
これに小林氏は「このウイルスはヘルペスの親戚で、人でも感染する。ただ、過去の実験では、ブタからヒヒ、もしくはサルに感染した場合、急性反応を起こしやすいといった報告もある。今回は、豚サイトメガロウイルスがいないブタの心臓を移植に使っているはずだが、やはりこういうものが少し検出されてしまった。ウイルスがいつ発生したかどうかは分からない。人のサイトメガロウイルスではなく、ブタのウイルスだから最初から間違っていた可能性もある。移植臓器によって持ち込まれたとしか、考えられない。ただ、私はこれが死亡の原因ではないと思う。そもそも、状態が悪い人たちには十分な免疫抑制療法ができない。今回もすごく弱い免疫抑制だったので、おそらく拒絶反応に近いものが起きたのではないか」と回答した。
続けて、ひろゆき氏が「ブタと人間のその間のハードルを埋めていくより、チンパンジーやボノボの臓器を人間に移植したほうがもっと近いのではないか。なぜブタのか」と聞くと、小林氏は「やはり霊長類の臓器を使うのは、倫理的な問題になる。もう1つは数の問題だ。ブタは多産で多く生まれる。飼育環境も狭くていい。そういうことだ。ウシだと大きすぎる」と説明。
ひろゆき氏は「ブタのほうが簡単というより、サルがかわいそうなのか。ブタだと心が痛まない」と納得していた。
ゆくゆくは移植用のブタを飼育し、病院に送るような時代が訪れるのだろうか。ひろゆき氏は小林氏に「遺伝子を埋め込んで僕にマッチしたブタ臓器を作るのは可能か?」と質問。小林氏は「それは可能だと思う、その前に人とブタとの差を越えないといけないが」とコメント。加えて「やはり臓器を待っている患者さんがいて、脳死移植がいつ来るのかわからない。来るときは緊急だ。そうすると患者さんも準備ができていない。医療スタッフも夜中対応することになる。しかし、ブタの移植であれば『スケジュール通りに送ってね』と言って農場から病院に送ってもらえば、そこで予定していた手術ができる」と説明した。
日本でも、自身と適合する臓器を待っている人たちがたくさんいる。ブタでも可能性があるなら、すがりたい人はいるのではないか。
ひろゆき氏が「安全性が確認されて『人間の臓器がないなら別にブタでもいい』と考える人は多いと思う。もちろん『ブタが嫌だ』という人は待ち続ければいいと思う。透析が面倒くさいと思っている人が『ブタだけど、これを1回処置したらアルコールが飲めるようになります』と聞けば『やった!』みたいになるのでは。実現にあとどれくらいの時間がかかるのか」と指摘すると、小林氏は「難しい質問だ。まず普通の医療にするためには、臨床試験という治験のようなものが必要だ。それを経て、確実に普通の医療として認められる。5年では短い。7〜8年、10年くらいはかかるだろう」と答えた。
動物愛護の観点における反対意見は乗り越えられるのだろうか。小林氏はこう話す。
「人類が進歩して長く生きるようになり、アメリカや日本もそうだが、そもそも実験でかなり多くの動物を犠牲にしてきた。動物愛護の観点においては、今はものすごく整備された。基本的に、動物は生まれ持ったときの状況を変えてはいけない。つまり、野生動物で生まれたなら、実験動物に使うべきではない。実験動物として生まれてきたのであれば、実験動物だ。食肉用のブタで生まれてきたのであれば、食肉用だ。ただし、そのときに最後、苦しみがないように終わらせてあげる。それは当然、考えなければならない」
(「ABEMA Prime」より)
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