都内にあるマンションの一室で行われている、脳波を使ったテクノロジーの研究。用意されたのは1つの質問と、その解答例が書かれた5つの選択肢。電極を頭につけた男性がどの回答を思い浮かべたのかを、脳波で感知する。
自らサンプルとなっているのがこのプロジェクトの中心人物である、一般社団法人「WITH ALS」の武藤将胤(まさたね)代表理事。武藤氏はほとんど手足が動かず、声を出すこともできない筋萎縮性側索硬化症、通称ALS患者だ。
ALSは脳から出る筋肉を動かす神経機能が低下、体の自由が徐々に奪われ、進行すると呼吸不全に陥る。発症後の生存期間は2年から5年と言われる、根本的な治療法が存在しない難病だ。それでも武藤氏は前向きにALS患者が活躍できる世の中を目指している。
まず挑戦したのが自分の意思で話すことだ。名前を聞くと、<武藤です。どうぞよろしくお願いいたします>と、失ったはずの声が返ってきた。ALS診断から8年、今自由に動かせるのは目のみだが、武藤氏は視線でパソコンなどを操作する視線タイピングの技術に着目。視線で文字を打ち、そこに自身の肉声データを合成する技術を開発して、自分の意思で話すことができるようになった。
そして、次に注目するのが脳波なのだ。<僕は視線入力でそういったツールを今は操作しています。しかし、実際には目さえも動かせない状態になってしまうこともあるんです。そこで最後の希望になるのが、脳波によるコミュニケーションや操作なんです>。いつか奪われるかもしれない目の動き。その時のために、脳波で意思表示できる技術に挑戦している。
6日の『ABEMA Prime』は武藤氏と、ともにALSの課題解決に取り組む脳波研究の専門家で電通サイエンスジャムの主席研究員・荻野幹人氏を招き、目指す未来について聞いた。
■「たとえ寝たきりになっても、誰もが自分らしくコミュニケーションを続けていける未来に」
<みなさん、はじめまして。WITH ALSの武藤です。簡単に自己紹介させていただきますね。最近だと、東京パラリンピックの開会式でデコトラに乗って登場したことで、記憶に残っている方もいるかもしれません。僕はアイトラッキングや脳波など、さまざまなテクノロジーを駆使してクリエイティブ活動を行っているクリエイターです。アイトラッキングのDJとしての音楽活動や、ボーダレスな音楽フェスのプロデュースをしたり、ユニバーサルファッションのブランドのデザイナーなどをやっています。また、さまざまなテクノロジーの研究開発プロジェクトもやっているので、日々自分が使うデバイスは開発段階から当事者のクリエイターとして参加して、開発しています。本日はみなさま、どうぞよろしくお願いします。少し時間はかかりますが、リアルタイムで視線入力し、この音声合成の声で発話することも可能ですので、ご質問などいただけましたら適宜お答えさせていただきます>
冒頭、視線タイピングを自身の音声に変換して挨拶した武藤氏。脳波トレーニングも含めて、具体的にどのようなテクノロジー開発に取り組んでいるのか。
<ALSという難病は徐々に全身の運動神経だけが衰えていき、体を動かす自由が奪われていきます。比較的最後まで目の動きは残ると言われていますが、実際には目さえも動かせない完全閉じ込め状態(TLS)という症状になってしまうことがあります。我々ALS患者が最も恐怖を抱いている症状なんです。そこで最後の希望になってくるのが、脳波によるコミュニケーションや電子機器などのコントロールの実現なんです。その実現を目指して僕らは2018年から電通サイエンスジャムのみなさんと研究開発に取り組んできました。まだまだ課題はありますが、いよいよ今年は、仲間のオリィ研究所さんとも連携して、世界初で僕の脳波で僕の分身のロボットを操作してお客様を接客するアパレルストアを1日限定で開店する挑戦を行います。このプロジェクトを通じて脳波の技術を革新させ、たとえ寝たきりになったとしても、誰もが脳波で自分らしくコミュニケーションを続けていける未来を目指しています>
ALS支援の活動として一時期、、寄付をしなければ氷水をかぶる「アイスバケツチャレンジ」が流行したが、そのようなムーブメントは重要なのか。
<僕自身がALSの診断を受けた2014年はアイスバケツチャレンジが世界的に大流行した年でした。当時、広告マンとして働いていた僕は、あれだけのインパクトがあったにも関わらず、肝心のALSへの理解に結び付いていない人が大勢いたり、一過性で終わってしまったことに強く疑問を抱いていました。ALSが治せる未来にたどり着くためには、“ここでこの火を消してはダメだ”という思いで、ALS診断を受けた直後にALS啓発団体としてこの『WITH ALS』を立ち上げました。当初から僕がこだわり続けてきたのは、一人でも多くの継続的な支援者の輪を世界に広げていくことでした。そこで、これまで僕らが研究開発したテクノロジーをALS関係者だけに留めず、たくさんの方に体験してもらえるようにボーダレスなエンターテイメントコンテンツとして、MOVE FES.という音楽フェスを定期的に開催してきたんです>
■テクノロジー導入には国の補助が必要も…ハードルの高さが課題に
冒頭の脳波を感知するシステムについて、荻野氏は「みなさんが思い浮かべるのは“念じたことがパソコンに出てくる”ということだと思うが、我々は何か刺激を入れた時に“反応しているか・していないか”を取っている。5つの音を用意したら、だいたい20秒くらいに10回ぐらいループさせて、“どの音に反応しているか・していないか”を読み取る。脳の中には神経細胞(ニューロン)がたくさんあり、それらが電気情報をやりとりしているのが頭皮上に出てくるので、その脳波を取得している」と話す。
現状、選択肢は5択までがちょうどいいそうで、「原理的に増やすことは可能だが、選択肢が多くなるほど精度が落ちてしまう」と説明。武藤氏も<かなり目的の音に集中しています><長時間は疲れます>という。
これまでのさまざまな取り組みについて、<どれだけ身体が動かせなくても、自分らしく挑戦を諦めたくないんです><テクノロジーを使えば不可能を可能にできますから>と話す武藤氏。荻野氏は「こういったテクノロジーを使って、障害者の方々に希望を届けていくところ、それだけでなく健常者の方々へもワクワクや希望を届けていくという活動にすごく賛同した」「武藤さんはアイデアマンなのでたくさんアイデアをくれる。それは本当に大きい」と明かした。
武藤氏は最後、課題について訴えた。
<テクノロジーの普及の問題や、介護人材不足など、さまざまな課題があります。1つ具体例を言うと、介護人材不足にもつながりますが、より多くの人がテクノロジーを導入するためには、国の補助制度という支援の仕組みがとても重要なんです。しかし、まだまだテクノロジーの最新情報が伝わっていなかったり、審査の基準が古かったりして、なかなか導入の認定が下りない現状があります。僕の実例でいえば、まだ指先が少し動くというだけの理由で、いまだに視線入力装置の導入の補助は認められていないので、自己負担になってしまいます。このように多くの患者たちのテクノロジーの導入ハードルの高さが課題になるケースがたくさんあります。今後の日本を考えれば、本当に必要な人たちにテクノロジーを補助することで、介護人材の負担軽減をさせたり、より多くの人たちが働けるようにし税金を納められるようにすることの方が、よほど日本社会を成長させられると僕は考えています>
(『ABEMA Prime』より)
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