聞いている人の“心を打つスピーチ”とは、どのようなものだろうか。安倍元総理の国葬で注目された弔辞からひも解いていく。
「総理、本当にありがとうございました。どうか安らかにお休みください」
静かで厳かな雰囲気の中行われた式で、会場が一瞬大きな拍手に包まれた、友人代表・菅前総理の弔辞。SNS上では、国葬に反対していた人も含めて、この弔辞に「心を打たれた」という感想が相次いだ。
なぜ菅前総理の弔辞が評価されることとなったのか。スピーチライターとして政治家にアドバイスすることもある千葉佳織さんに、プロの目線で分析してもらった。
「率直に素晴らしい弔辞だと感じた。菅前総理自身の想いが凝縮されていて、感謝の気持ちがダイレクトに伝わってきた。言葉の1つ1つをかなり練っている印象」
まず、千葉さんが注目したのは「7月の8日でした。信じられない一報を耳にし、とにかく一命をとりとめてほしい。あなたにお目にかかりたい」という弔辞の冒頭部分だ。
「日本の公のスピーチや演説は、決まりきった挨拶のようなものから始まることが非常に多い。しかし今回、菅前総理はいきなり日付から入っていく。そこから自分の当時の心境などを描写していく。これが入ることによって、“今まで聞いたことのないような想いのこもった話が聞けるんじゃないか”という期待や、ぐっと心に残ることに繋がる」
そこから安倍総理の写真に時折視線を送りながら語りかけ、聞く人を引き込んでいった構成や仕草に「スピーチライターが書いたのではないか」という憶測も飛び交った。
「冒頭から自身の経験描写が非常に多かった。その経験の中でも、より自分の心情や感情をダイレクトに表現したところが多かった。いま日本でスピーチを作っている人はこういう手法を使わない傾向にある。おそらく菅さんが書いたのかなと思う。日本の社会ではある意味、なかなか攻めたスピーチを作りにくい。それを今回、菅前総理が意識的に選んだということは、自分の言葉で書いて納得したからだと推測している」
千葉さんは、安倍元総理の2度目の自民党総裁選への出馬を菅前総理が口説いた場面の描写が「特に印象的だった」と話す。
「実際にどこの店に行くかは関係ない。しかし、銀座の焼き鳥屋と言われた瞬間に、私たちはその情景を思い浮かべる。2人が他愛もない会話をしながらも真剣な場面が入るのだろう、『銀座』『焼き鳥屋』という言葉から対面で話しているのか向かい合っていないのか、などと推測することができる。さらに情景を浮かべて、結果的にその様子が伝わりやすくなる」
他にも、国葬当日の武道館の周りにどのような人が集まっているのか。最後に引用した歌が書かれた本が置かれていた「議員会館の1212号室」という具体的な部屋番号など、聞く人それぞれが頭に思い浮かべられるような細かい描写が弔辞には散りばめられていた。
「菅前総理はこれまで、話すことに対して批判を受けることもあったが、そのイメージが大きく変わるような弔辞だった」
かつては、自分の言葉で話すことが少ない印象もあった菅元総理。そのギャップが、人々の心を掴んだ要因となったのかもしれない。千葉さんは「政治家だけでなく、人前に立つリーダーにとっても非常に参考になる弔辞だった」と語る。
「日本のパブリックスピーキングは、正式な場面で堅い文章の型を使うことが主流になっている。ただ、みんなが同じような始まり方や結論をしても心に響かせるのは難しい。世界のリーダーから学んで、日本固有の挨拶から始まり挨拶で終わる形式的な堅い型を破って、自由な発想で自分の思いを語るところにもチャレンジしていく必要がある。そうすることで、真のリーダーが生まれてくる」
(『ABEMAヒルズ』より)
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