世界中で大きな問題となっている薬剤耐性菌をめぐり、「自分の治療が優先なのか、社会全体の利益を優先するのか」というジレンマに関する研究結果が発表された。
【映像】“抗生剤使用のジレンマ”で起こる問題(イラストあり)
薬剤耐性菌問題とは、抗生剤を使用することで、菌の中に薬に対して耐性を持つものが生まれ、こうした薬が効かない菌が流行・重症化を引き起こすというもの。米・ワシントン大学を中心とした調査によると、2019年時点での死者は127万人、関連死も含めると495万人にのぼると推計されている。
そもそも抗生剤の使用を控えれば、耐性菌を生みづらい環境にはなる。しかし、自分の治療には抗生剤を使いたい。長崎大学・熱帯医学研究所の伊東啓助教は、抗生剤を使うという行為には“個人が望む治療”と“世界の耐性菌問題”のどちらをとるかという社会的ジレンマがあると指摘。ここには「自分や大切な人にだけは早く治ってほしい」という“願い”と、「身内以外の他者には抗生剤を使わせたくない」という“エゴ”が包括されているという。
このジレンマからはどのような問題が起こるのか。伊東助教らによると、周囲が抗生剤の使用を控えている場合、自分だけ抜け駆けして使えば得をする。一方で、周囲が抗生剤の使用を控えていない場合は、自分だけ我慢するのは損である。どちらにせよ抗生剤の使用に歯止めがかからず、薬剤耐性菌が氾濫する危険性を指摘している。
伊東助教は「社会的ジレンマは、抗生剤を飲む・飲まないなど、自分で戦略を決められる自由があるときに生まれる問題で、必ずしも悪いことではない」としながらも、「社会的ジレンマが引き金となって、耐性菌が出現することも事実だ」と述べている。
では、こうしたジレンマを引き起こす抗生剤の使用について、世界の人々はどのような考え方を持っているのか。アメリカやイギリス、オーストラリア、日本など計8カ国、4万1978人を対象に実施したオンライン調査によると、国によって多少の違いはあったものの、いずれも「自分も他人も抗生剤の使用を控える必要はない」という回答が約50%に上った。また、「自分は我慢したくないが、他人には我慢してほしい」という“社会的ジレンマ”に陥っている人も約15~30%存在することがわかった。
薬剤耐性菌問題について、伊東助教は「これまでは医療提供側だけで議論されてきたが、患者となって抗生剤を処方される(してほしいと願う)のは全市民・全人類」「全員が当事者として“社会全体で考えていく問題だ”と認識するのが第一歩ではないか」と投げかけた。
そのうえで、ポイントとなるのは“我々がどのような社会を目指すのか”。
「『個人の望む治療を選ぶことができる、それこそが重要だ』と考えてもいいし、『このままだとどんどん耐性菌が出て、有効な抗生剤が減り、抗生剤の無かった時代に逆戻りしてしまう』という危機感のもとで、処方に関するルール作りを議論してもいいと思う」
(『ABEMAヒルズ』より)