激動の、2023年冬の移籍市場が終了した。冬開催のワールドカップというイレギュラー要素によるけが人増加、チェルシーという爆買いチームが現れたこともあり、近年にないほどの大きな動きを見せた冬の移籍市場となった。そんな中、アーセナルも追加の投資に踏み込んだ。これはチームにどのような影響を及ぼすのか。
85億円で3選手補強。冨安健洋への影響は?
元よりアーセナルは、冬には70億円以上予算があると報じられてきたが、正直、信憑性に欠けるソース元の情報も多かった。ただ蓋を開けてみれば、約85億円も投資して冬に即戦力の選手を3名補強した。アーセナルの優勝への本気度がうかがえる。しかし日本人のサッカーファンとしてやや心配なのは、日本代表DF冨安健洋の去就だろうか。
今季、ややクローザー的な立ち位置が増えてきている中で、冨安と同じポジションにポーランド代表DFヤクブ・キヴィオルや、本職ではないもののJリーグ時代にはプレーしたボランチの位置にイタリア代表MFジョルジーニョが加入した。冨安目線にたてば、やや出番の枠が減ったようにも見える。
しかし補強選手の特性や、ミケル・アルテタ監督の好みを考えれば、全く問題ないと断言できる。冨安の序列が下がることはない。むしろ怪我さえなければ、冬以降は出番が増える可能性すらある。
それは何故なのか──
キヴィオルの加入は冨安に影響しない?アルテタ監督のDF起用法は
この議論をする前に、まず知ってもらいたいのが、アルテタ監督は選手のポジションを、シーズン中は固定する傾向が強いことだ。イングランド代表DFベン・ホワイトは、冨安同様に最終ライン全てとボランチでプレー可能な万能型な選手だが、昨季はセンターバック、今季は右サイドバックと、ほぼ起用ポジションを固定している。前線に目を向けても、ブラジル代表FWガブリエル・マルティネッリも前線ならどこでもプレー可能な選手だ。しかしストライカーの位置にけが人がでても、今季はほぼ左ウイングの位置から変更していない。こういう采配の好みがある。
そう考えると新戦力のキヴィオルに関しても、明確に使いたいポジションがあることが予想される。そして、それはおそらく左センターバックだ。というのもアルテタは左サイドでプレーするセンターバックに左利きの選手を起用することを好んでいるが、ブラジル代表DFガブリエル・マガリャンイスの控えで、即戦力になる左利きはいない。そしてキヴィオルが左利きで、空中戦の強さを生かしてセンターバックでのプレーすることが多いことを考えると、そもそも両サイドのサイドバックとして計算されている冨安とは、競合していない可能性が高い。
もし仮にキヴィオルが、左サイドバックとしてカウントされているとしても、単純に能力面でも経験値でも、現時点では冨安に分がある。新加入のDFは、上背、スピード、基本技術すべてを持つ才能あふれる若手だが、まだまだ状況判断に伸びしろを残す。サッカーIQの面での優位性を考慮すると、冨安のほうがまだ能力は上だ。最終的にこのポーランド人の22歳の若手が、左サイドバックとして大成する可能性は十分にある。しかし現時点では将来への投資であり、マガリャンイスの控えという立ち位置のはずだ。
ジョルジーニョの加入は冨安にとってプラス材料
ジョルジーニョに関しては、冨安にとってマイナスになる可能性は全くない。前述の通りアルテタは冨安をボランチで起用する可能性が低いため、競合しないだろう。それどころか、この司令塔の加入は冨安にとってプラスにもなりえる。
というのもアーセナルは当初ブライトンに所属するエクアドル代表MFモイセス・カイセドの獲得を目指していたが断念した背景がある。カイセドはゲームメイク能力に加えて、中盤での潰しの能力も高い。一方のジョルジーニョは、サッカーIQはトップオブトップの選手でゲームメイク能力が高い。加えて守備面ではカバーリングなどは上手いが、単純に身体能力がプレミアリーグ内でかなり弱い部類の選手なので、守備面に課題を残す。
現在アンカーの位置でプレーしているガーナ代表MFトーマス・パーティーは身体能力と基礎技術の高さを併せ持つハイブリッド型だ。そう考えると、パーティー不在の状態のオプションが、カイセドではなくジョルジーニョになった現状、攻撃面では違うメリットがあるものの、守備面では相対的に最終ラインが危ない場面に晒される可能性は高まった。
この現状をふまえて左サイドバックの選手選考を考えた場合、攻撃面よりも守備面での能力が高い選手を使いたくなるのは自然なことだ。オレクサンドル・ジンチェンコはワールドクラスの技術を持つサイドバックだが、守備面では冨安のほうが良い。
冨安健洋のフットボールキャリアにおけるプラス材料とは?
このように監督や選手の特性を考えると、アーセナルの強化は進んだが、冨安にとってマイナスという話ではなさそうだ。基本的に違う枠の競争が激化しただけの話である。むしろ元々今季の出場は少なかったが、ポルトガル代表の右サイドバックのセドリック・ソアレスがフルアムにローン移籍したため、サイドバックの枠でいうと一枠空いたとも言える。
というより、もっとそもそもの話をすれば、アーセナルの強化が進んで、プレミアリーグ優勝を実現することができたとする。それなら多少、出場時間が減ったとしても、それは冨安健洋のフットボールプレイヤーとしてのキャリアにとってプラスだろうし、人生をも豊かにしてくれるはずだ。
日本人選手は、香川真司、岡崎慎司、南野拓実など、何故か運良く、その機会に恵まれてきたが、本来プレミアリーグ優勝に自国選手が絡むことなんて、そう何度もあることではないのだ。
いずれにしても、アーセナルおよび、冨安健洋がどのようなシーズン後半戦を迎えるのか、見守っていきたいところである。
(文・内藤秀明)(C)aflo