重岡兄弟が同じ日、同じ階級で世界タイトルを手にした――。「3150FIGHT vol.5」が16日、東京・代々木第二体育館で開催され、重岡優大と銀次朗の兄弟がそれぞれWBCミニマム級、IBFミニマム級の暫定王座を獲得した。兄弟が同じ日に同じ階級で世界タイトルを獲得するのは歴史上類を見ない快挙だ。幼いころから世界チャンピオンを目指して努力し続けた兄弟の夢が叶った。
先陣を切って世界タイトルマッチのリングに上がったのは弟の銀次朗だった。フィリピンの元世界王者、レネ・マーク・クアルトとのIBF暫定王座決定戦は、まるで銀次朗の運命をもてあそぶかのような波乱の幕開けだった。
銀次朗は身長153.5センチと小柄ながら、スピードと強打が持ち味のサウスポー。対する156センチのクアルトは旺盛なファイティングスピリッツとワイルドなパンチを売りにしている。スタートはいきなりクアルトが強打を振り回す立ち上がり。銀次朗は冷静に対処したかに見えたが、ラウンド後半、クアルトの右を食らってダウンしてしまった。
ボクシング人生で初のダウン。「うわっ、1ラウンド目からやらかしてしまった」。頭がボーッとして焦りがなかったわけではない。それでも「ジャブで冷静に、冷静にと思って」と切り替えることができた。
銀次朗は今年1月6日、IBF王者のダニエル・バラダレス(メキシコ)に挑戦し、好スタートを切ったものの、3回に起きた偶然のバッティングにより王者が不調を訴え、試合はまさかの「無効試合」に終わった。多くの人の目にはバラダレスがただ戦意を喪失したようにも見えた。もちろん真相は分からないが、銀次朗にとっては屈辱の結末。希望したバラダレスとの直接再戦も叶わなかった。そうして迎えたのがこの日の暫定戦であり、モヤモヤした気持ちを振り払うためにも負けるわけにはいかなかった。
ダウン後の銀次朗は言葉通り冷静だった。右のジャブでペースを握り、得意の左ボディブローにつなげていく。「ジャブと左ボディは銀の真骨頂ですから」(町田主計トレーナー)。銀次朗はタフなクアルトを上下のパンチで削っていった。
迎えた7回、銀次朗の強烈な左ボディ打ちを食らったクアルトがキャンバスにヒザをつく。さらに9回にも左ボディで2度のダウンを加えると、粘っていたクアルトがついにギブアップ。銀次朗はコーナーポストに駆け上がって喜びを爆発させた。
「正直、プレッシャーはあった。今日は(故郷の)熊本地震があった日だし、兄貴と同時に世界チャンピオンになろうというのに、オレが一発目で負けたら兄貴はどういう気持ちでリングに上がることになるのか…。今日は兄貴の誕生日でもある。何が何でもつなげなくちゃいけないというプレッシャーがあった」(銀次朗)
この試合を控室のモニターで見つめていた優大は「あんなすごい試合をして、感動して泣きそうになった」という。次はオレだ。ガウンも髪の毛もグローブも大好きなカラー、銀色に染めた優大がメインイベントのリングに上がった。
優大がWBC暫定王座を争う相手も銀次朗と同じように元世界王者だった。かつてWBO王座を保持したウィルフレッド・メンデスは長身の技巧派サウスポー。パワフルな優大はスタートからメンデスに強打を振るっていったが、力が入りすぎてミスブローが目立つ。一発を狙って手数も少なく、あまりいい立ち上がりではなかった。
セコンドの町田トレーナーは何とか普段の力を出させようと、インターバルで優大を鼓舞した。
「一発狙いのパワーボクシングになってしまっていたので、もうちょっとジャブを出してほしかった。でも、『ジャブを出せ』ではなく『いいジャブを打ってるぞ』。乗せて、乗せて、ジャブが増えてくれたらいいなと思いました」
優大の世界戦までの道のりも険しかった。挑戦するはずだったWBC王者、パンヤ・プラダブスリ(タイ)が試合の2週間前にインフルエンザを患って急きょキャンセル。メンデスがピンチヒッターとなって暫定王座決定戦が組まれたのである。
試合が暫定に“格下げ”になっても、相手がオーソドックスからサウスポーに代わっても、優大は一切愚痴を口にしなかった。だれが相手であろうと、どんな試合であろうと、負ける訳にはいかないのだ。本調子とは言えない優大が気迫とパワーでメンデスに襲いかかった。
5回、優大が離れ際に左ストレートを打ち下ろし、メンデスをキャンバスに転がした。パワーの差は歴然だ。クライマックスは7回、メンデスをコーナーに押し込んだ優大が渾身の左ボディブローでダウンを奪うと、うずくまったメンデスは立ち上がれず、10カウントとなった。
重岡兄弟は幼いころから父の功生さんの指導のもと、空手、そしてボクシングに取り組み、厳しいトレーニングに明け暮れる日々を送った。目標は世界チャンピオン。その夢がついに叶い、優大は次のように話した。
「親父が教えてくれたのはボクシングの技術ではなく、練習で抜かないとかサボらないとか根本的なこと。それが染みついているのでオレたちはいつも本気だし、そういうボクシングに対する姿勢をガキのころから叩き込んでくれたので今ここにいると思う」
そして優大はこうも言った。
「世界チャンピオンを目指してやってきましたけど、ベルトを手にしてここがゴールじゃないとあらためて分かりました。今日の試合も、もっとうまくできたと思うし、早くも反省モードに入ってます。もっと強くなります。明日からでも練習したい気持ちです」
文句なしのTKO勝ちでタイトルを手にしながら、兄弟の視線はすでに先を見据えている。より強い相手と試合がしたい。より広く名前を知ってほしい。より大きな会場をお客さんで満員にしたい。重岡兄弟はこの日、ビッグネームと呼ばれるようなボクサーへのスタートラインに立ったとも言える。
今回の世界タイトルマッチは不運も重なって正規王者へのチャレンジはかなわなかった。2人が手にしたタイトルには“暫定”の二文字がついており、当面の目標は正規タイトルの獲得になる。
「間違いなくオレたちのほうが強いし、早くやりたい。最軽量級はパンチがないとか、倒れないとか思われがちなんですけど、オレたちは倒せるし、迫力のあるところを見てほしい」(優大)
「オレはこの階級で一番を証明したい。勝たないと証明できないので、バラダレスとの試合が決まれば文句ない。あとは勝つだけ。自信はあります」(銀次朗)
優大はこの日26歳となり、2歳下の銀次朗は10月に24歳となる。フレッシュな2人が、こちらも若い「3150FIGHT」というイベントでどんなストーリーを見せてくれるのか。2人の今後の成長を大きく期待させる兄弟同時世界王者誕生の夜だった。
写真/橋詰大地