プロレスリング・ノア2023年上半期の天王山とも言うべき5月4日の両国国技館で丸藤正道を下し、GHCヘビー級王座2度目の防衛に成功したジェイク・リー。3・19横浜武道館で王座を奪取した清宮海斗戦で未来を感じ、4・16仙台の中嶋勝彦との初防衛戦で強さを感じ、丸藤を撃破して歴史を感じたジェイクは「さて、次はどうしようかな」と、誘い水を向けたが、誰も挑戦者が現れないまま、新たなステージ突入となる14日の後楽園ホール大会を迎えた。

 この日、ジェイクはGLG(グッド・ルッキング・ガイズ)としてアンソニー・グリーン、GHCジュニア・ヘビー級タッグ王者YO―HEY&タダスケとのカルテットで清宮海斗&杉浦貴&小峠篤司&吉岡世起と対峙。

 先発を買って出たジェイクの前に立ったのは清宮だ。ジェイクのリストロックを清宮が取り返し、腕の取り合いからロープ際の攻防になってクリーンブレイク。清宮が片足タックル、バックを取って崩そうとするが、ジェイクは192センチの巨体を巧みにコントロールしながらディフェンスしてタックルで吹っ飛ばす。2発目のタックルを清宮がアームドラッグに捕えれば、ジェイクはヘッドシザース…と、見応えのある攻防が続いた。やはり、次期挑戦者は前王者・清宮か?

 だが、10分過ぎ、新たな展開が生まれた。ジェイクvs杉浦の局面で大・杉浦コールが発生。丸藤が敗れたことでノア・ファンにとって杉浦は“最後の砦”に映るのだろう。

 ガッチリとロックアップからヘッドロックに取った杉浦はフロントハイキックを連発するがジェイクは倒れない。逆にジェイクがロープの反動を利したタックルで杉浦をぶっ倒し、高々と抱え上げてボディスラム! 14センチ、21キロの体格差という現実を叩きつけられた形になった杉浦だが、不意を突く強烈なスピアーを決めると、コーナーでの串刺しハイキックで崩し、串刺しニーから馬乗りになってエルボーを連打。止めに入る中山真一レフェリーを吹っ飛ばす熱さだ。

 ジェイクはエルボーを食らいながらも立ち上がるとショルダースルーを狙うが、読んでいた杉浦はフロント・ネックロックをガッチリ。タダスケがカットに入らなければジェイクは落ちていたかもしれないという場面だった。

 ジェイクを引き起こした杉浦はオリンピック予選スラムを狙うが、ジェイクは必死にエルボーで阻止。ならばと杉浦は膝とエルボーでボディを狙い撃ちにして、痛烈なキチンシンク。さらにスピアーを狙ったところで、ジェイクの膝がカウンターで杉浦のボディにグサリ! 両者ともに「くの字」になってダウン…ここは痛み分けの形だ。

 正式な攻防はこの1回だけで、最後は小峠がYO―HEYをキルスイッチに捕えたが、その最中にジェイクと杉浦は場外で乱闘を繰り広げていた。

 試合後、ジェイクは「やっぱり、ダメだ。抑えられねぇよ。ヘビー級とやると楽しいんだよね」とマイク。目の前に清宮が立ち塞がると「お前もそうだけど、今回はお前じゃねぇんだよ。帰ろうとしている、そこの杉浦選手、あなただよ。シンプルに言うよ。俺、あんたとやりたいんだわ」と、花道の杉浦に呼び掛けた。

「海斗じゃないんだ。俺か? 丸さん(丸藤)、負けたしな。ジェイク様、何卒、試合、宜しくお願い致します」と丁寧に応じた杉浦は一礼、ジェイクも礼で返した。これにより、6月17日の名古屋国際会議場イベントホールでのタイトルマッチが正式決定したが、両者の大一番は必然だった気がする。

ジェイクが杉浦と初めて遭遇したのはノア参戦6戦目の2・5後楽園ホールでの6人タッグマッチ。試合後にジェイクは「やはりノアは丸藤、杉浦、この2人が代表格だ。そんな風潮があるから、そんな流れを感じてしまったら、余計に壊したくなる。今、時代は令和だ。この時代に変化をもたらして適応させないと。俺たちGLGがいいサンプル・モデルになってやるぜ」と言っていたのである。

 一方、杉浦は5・4両国で丸藤が王者になった時には真っ先に挑戦の名乗りを上げるつもりでいただけに、意に反して防衛したジェイクにその場で挑戦表明するのにはためらいがあったようだ。しかし王者からの逆指名に「チャンピオンに指名されたんで、光栄なこと。行くしかないでしょ?」と応え、ジェイクの印象を聞かれると「俺が偉そうなことは言えないしね。チャンピオンとして立派に…」と、謙虚な言葉。だが、謙虚な時の杉浦ほど怖いものはない。

 次に出てきた「まだでも2回防衛でしょ? それでノアをわかったような、知ったような感じにしてほしくないんでね。俺っていうのもいるよって教えてやるというか、印象付けてやるよ」という言葉にノアを支え続けてきた者の矜持がにじみ出ていた。

 杉浦は09年12月6日から11年7月10日の第16代王者時代、新日本プロレスの後藤洋央紀、真壁刀義、高山善廣、秋山準、前王者・潮崎豪、チェスマン、森嶋猛、バイソン・スミス、当時の新日本最強外国人ジャイアント・バーナード、トレバー・マードック、鈴木みのる、デイブ・マスティフ、鈴木鼓太郎、クラウディオ・カスタニョーリの挑戦を退けて、14度防衛という最多防衛記録を樹立した。この14選手だけでなく、亡くなった三沢光晴、怪我で欠場していた小橋建太、秋山準という偉大な先人たちとも勝負していた。あの苦しい時代に杉浦の奮闘がなければ今のノアはなかった。

 かつて一強時代を築いた男が今、ノア参戦半年にして方舟の舵を握るジェイクに挑む。

文/小佐野景浩