「ストックオプションの行使時に給与課税される」。5月30日、鈴木俊一財務大臣がこう説明したのは、「信託型ストックオプション」について。
ストックオプションとは、従業員などがあらかじめ決められた価格で自社の株式を購入できるようにしておく権利のこと。約束の価格で株式を取得した従業員は、株価が上昇したタイミングで売却すれば収益を得られるという仕組みだ。
従業員にとっても、人材を確保したいスタートアップ企業にとってもうれしい制度だったが、この「信託型」の課税をめぐり不満の声があがっている。
これまでの企業側の認識は、従業員が株式を売って手に入れた収益については「譲渡所得」にあたり、その税率は金融所得課税の「20%」だった。しかし今回、国税庁はこれを「給与所得」だとし、税率は「最大55%」かかるとの見解を示したのだ。
果たして、信託型ストックオプションの給与課税はスタートアップ企業の足かせになるのか? ニュース番組『ABEMA Prime』では、ゴールドマン・サックスの投資部門で活躍し、現在はスタートアップなどの成長企業への支援を行うシニフィアン株式会社共同代表の村上誠典氏に聞いた。
▪︎既に上場しているスタートアップには0点?
村上氏によると、最もデメリットを被るのは「すでに上場していて、成功したスタートアップの企業と、そこで働いてお金を手にしたはずの従業員と役員」。5月29日に行われた国税庁と経済産業省による説明会は、上場企業の経営者から厳しい質問が飛ぶなど殺伐としていたという。
また、この課税は「遡る」ことが示された。例えば1億円の利益を得た場合、これまでであれば、20%の税金を納めて手取りは約8000万円。しかし、税率55%なら手取りは4500万円となり、この差額の「3500万円」を納めなければならなくなる。
「極端な話、スタートアップドリームを叶えて別荘を買ったような人は、手元にお金はないだろう。しかし、追徴で源泉徴収が来るし、会社も取り立てないといけない。会社としては過去の決算や株価にも影響を与えてしまうので、あえてネガティブな言い方をすると、海外の投資家から『企業の株価をわざわざ下げる発表をする日本市場は信用できない』という声が出てもおかしくない。一部だけ見るとそういうインパクトがある」
▪︎若者世代への将来の投資としては100点?
ストックオプションは、権利付与時の金銭支払いの有無によって「有償」「無償」があり、後者はさらに「税制適格」「税制不適格」によって税率が変わってくる。
村上氏は「税金メリットがあるのが『税制適格』、メリットを受けられないのが『税制非適格』。日本の税制適格のスキームは非常に使いづらかった中で、その穴埋めのために民間企業が開発したのが信託型ストックオプション。しかし、国税としては『そんなことは認めた覚えはない』というのが今回の発表だ」と説明。
一方で今回国税庁が、同時に明らかにした『税制適格ストックオプションの新しい枠組み』にこそ未来志向で考えた際のメリットがあると指摘する。
「注目すべきは元々整備されていなかった税制適格ストックオプションの新しい枠組みを国税が明確に示したこと。これは、ものすごく国際的にみても圧倒的に競争力があるストックオプションの仕組みだ。すでに成功を収めている人からすると『ふざけるな』という話だが、これからスタートアップに入ってくる若い人たちにとっては道が整備され、税メリットのあるストックオプションを使うことができる」
さらに、一部専門家からは「日本がものすごく有利になる」という意見も出ているそうだ。
「海外であれば、ストックオプションは時価に対する差益だが、国税庁は今回、その時価をゼロに近い状態に設定できる余地を認めたと。信託型と同じかそれ以上のものを、透明性をもってできるようになったことは大きい。民間企業の頑張りを国が一度潰してしまったというのはネガティブだが、もう一方を見れば、むしろグローバルよりも人材獲得の魅力が高いオプション設計を発表したと言える」
▪︎このタイミングになった理由
信託型ストックオプション導入から7年、なぜこのタイミング今回の見解を示したのか。
村上氏は「課税イベントは、導入された段階ではなく、上場して、権利行使して、売却をしてはじめて発生する。そのため、実例がこの1、2年で出始めたところだ」とした上で、「確定申告の時に国税庁は『聞かれたら給与所得だと答えた』ということで、一度も(譲渡所得とは)認めていないと。しかし、信託型を開発した民間は『税務当局の意見を伺いながら作成したスキームだ』ということで、言った・言わないの議論になり、これから訴訟に発展するのではと言われている」との見方を示す。
2022年11月、「スタートアップ育成5カ年計画」が取りまとめられたが、その影響もあるのか。
「岸田政権はスタートアップ政策を真面目にプッシュしようとしている。そのため、今回の新しい税制適格のメリットなりスキームをしっかりと認めるような発表がされている。ただ、信託型ストックオプションと何が違うのか?という話になるので、そちらの状態も明らかにする必要があったのでは。そして、実際に行使・売却・納税をしている人がかなりの数出てきてしまっている中で、さかのぼるにしても古くなってしまってからは遅いので、このタイミングでやるべきだという、ある種の政治的判断もあったのかなと思う」
村上氏は「信託型ストックオプションはこれをもって二度と使われなくなると思う」とした上で、今後の展望を次のように語った。
「痛みを伴うから何もしないという国だったのが、正しいことのために痛みを覚悟してやったのは評価しているポイントだ。とはいえ、一部では過去遡及に対する救済措置もあれば100点という期待がある中で、実際は0点だったと。私が言いたいのは、実際に困っている人は応援するべきだという一方で、これからストックオプションを使う人のほうが何十倍も多く、後者を考えるということだ。
これまで、ストックオプションの制度はどんなに組み合わせても20~55%の間の税率に収めるしかできなかったものが、フルのキャピタルゲインを享受しながら一律20%でいいとなれば、みんな使うだろう。そこで税収を増やすためにはスタートアップの数を拡大するしかなく、それを国全体として進めていくというインセンティブアライメントが取られたということは明確だ。このメッセージはしっかり海外にも出していくべき」
(『ABEMA Prime』より)
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