圧巻のKOだった。しかし本人は「必死でした」と言う。とにかくホッとしたと表情を緩ませる。
6月24日、武尊はフランスで復帰戦を行なった。ISKA世界K-1ルール61キロ級王座決定戦。ベイリー・サグデンのタフさに手を焼いたものの終始ペースを握り続け、3、4、5ラウンドとダウンを奪う。
序盤はローキック、中盤からはボディも効かせ、ディフェンス一辺倒に追い込んで最後は左ハイキック。完璧な勝ち方に見えた。何もかもがホームとは違う敵地での試合、実力が半分も出せないと言われる状況で、武尊は見事に強さを見せた。
だが実際には、難しさを感じながらの闘いだった。明かしたのは試合後にABEMAが実施したインタビューだ。
「試合内容に納得はしてないんですけど。試合間隔が1年あいてたんで」
「やりにくい相手で、ペース取るのも難しかったです」
「グローブが大きかったので(蹴りで倒す作戦に)切り替えました」
そして、とにかく今回は勝つことが大事だったとも語る。
「今回は何でもいいから勝ちたかった。最後に勝ったのが2年以上前(2021年3月のレオナ・ペタス戦)なので。2年間勝ち名乗りを上げてない自分というのは普段の生活から苦しくて。泥臭くてもなんでもいいから勝ちたかった。応援してくれる人にどうしても勝利を見せたかった。その気持ちだけでやってました。必死でした」
2連敗したら終わりだと思ってましたと武尊。これまでずっと、負けたら引退だと考えて闘ってきた。だから目の前の試合が終わるまで“次”を口にすることがなかった。昨年6月、那須川天心に敗れた時は、これでやめようと思った。
翻意したのは観客からの「ありがとう」という言葉を聞いたからだ。勝つ姿を見せるまではやめられないとカムバックを決めた。だから今回は本当に負けられなかった。
そういう試合で勝って、やっと言えることがある。次に誰と闘いたいか。ONEに参戦しているムエタイ最強のアグレッシブファイター、ロッタン・ジットムアンノンだ。那須川天心を“最も苦しめた”男としても知られている。
「負けてONEに行くことはできない。ロッタン選手とやるためにも勝たなきゃいけない試合だった。いい形で弾みをつけてONEに行けます」
武尊は以前から「闘いたい相手がいる」と口にしていた。そして今回、復帰戦に勝ったことで具体的にロッタンの名前を出した。
「ロッタンしか見てないんで。ロッタンと最高の殴り合いをして、倒します。ずっとやりたかった相手だし、僕の格闘技人生で、ロッタンに勝つことでやってきたことが報われるじゃないですけど、そういう試合になると思う。やっと心おきなくすべての気持ちをロッタンに向けられる」
ここからが格闘家人生のラストスパート。その覚悟はできている。
「この先、格闘技人生も長くないと思うので。最終章をONEで燃え尽きるじゃないですけど、武尊の強さをONEでも見せつけたいですね」
もちろん試合に向けての交渉はこれから。といって障害になりそうなものはない。思い切りやるだけだし「いま持ってるものをONEで出し切ろうかなと思います」と武尊は言う。
振り返れば、武尊のキャリアには常に「事情」が見え隠れしていた。無我夢中で楽しく闘えていた時間は決して長くない。新生K-1を背負うという責任感があり、那須川から対戦要求されると、どれだけ勝っても「天心とやらないのか、逃げるのか」と言われる。
自分から関係者に働きかけて那須川との試合を実現させると、待っていたのは敗戦だった。もしかすると、ロッタン戦での武尊は新人時代以来、久々に何も背負わず、ただひたすら相手に向かっていくことができるのかもしれない。
何も背負わなくていい、ただ自分が望む闘いをしてほしい。それはファン全員が思っていることではないか。だが、武尊はこう言うのだ。
「僕は日本の格闘技界を今でも背負ってるつもりだし、仲間だったり家族だったりたくさんのファンだったり、みんなの気持ちを背負って最後まで闘おうと思うんで」
背負うからこそ武尊は強い、ということか。そういう男だから、見ている側も気持ちを乗せて見ることができるのは間違いない。“背負う男”の強さ、ロッタン戦でも見せてもらおう。