1966年に静岡県清水市(当時)で起きた一家4人殺害事件、いわゆる「袴田事件」。死刑判決を受けた袴田巌さん(87)の再審公判を前に、検察側が有罪立証する方針を示した。証拠品の捏造(ねつぞう)の可能性も指摘されているが、これまで検察の主張は二転三転してきた。
袴田事件弁護団の事務局長・小川秀世弁護士は、かつて検察から証拠品として出されていた5点の衣類について、捏造だと確信していたものの「弁護団の中でも『捏造』という言葉を使って、裁判所に提出する文書を出すこと自体、固く止められていた」と振り返る。
小川弁護士は31歳で弁護士登録し、袴田事件弁護団に入って以来、40年近く無罪を主張してきた。しかし当初の風あたりは強かったという。
「警察がこんな大がかりな捏造をするはずがない」(調査官A氏)
「弁護団の主張自体の品位を害する。弁護団の主張自体が裁判所から相手にされなくなるからやめてくれ」(弁護士B氏)
弁護団に入り、鉄紺色ズボン、ネズミ色スポーツシャツ、白色半袖シャツ、白色ステテコ、緑色ブリーフの「5点の衣類」を担当することになった小川弁護士は、あることに気づいた。
「半袖シャツの右肩の所にも傷があり、そこにB型の袴田さんの血が付いていた。袴田さんは事件の時に消火活動に参加し、その時にパジャマだったが、右肩の所にけがをして、そこにもカギ裂きの傷があり血が付いていた。袴田さんの身体は1つ傷があるだけだが、損傷がある衣類が2組になる」(小川弁護士)
検察が犯行着衣と断定した半袖シャツと、袴田さんが着ていたパジャマ、どちらも右肩に傷があることは「偶然」とは言いがたい。袴田さんは緑のブリーフを持っていたが、それは母親が送ったもので、1つしかなかった。しかし、「5点の衣類」にも緑のブリーフが入っていた。
「5点の衣類が発見された後で、袴田さんの兄が『巌の緑のブリーフは自分が預かっている』と。そうすると緑のブリーフも2つ、右肩の傷(の衣類)も2つ。どちらかが捏造に決まっている」(小川弁護士)
しかし、検察側は「パジャマのほうを袴田被告が偽装した」「緑色のブリーフは、母が買ったという店では売ってなかった」と主張する。証拠品の衣類5点は、みそのタンクから発見されたとされるが、弁護団の実験では、1年以上みそタンクの中に漬けられていた場合、証拠品の色合いが薄すぎることを確認。みそとたまりじょうゆにわずか20分漬けるだけで証拠品と同等の色味になり、1年以上漬けると証拠品より濃い色になると証明した。
あわせて付着した血液も、1年経つと黒々とした色合いに変化すると証明した。さらにズボンの下にはいていたはずのステテコのほうが、ズボンの裏生地よりも血液が広範囲かつ鮮明に付着していた。これに対して、検察は「犯行途中でズボンを脱いだかもしれない」と反論した。
ズボン右側には、カギ裂き傷も付いていた。袴田さんの右すねには、実際に打撲擦過傷が認められたが、逮捕時の検査では認められていなかった。傷が発見されたのは、自白を強要された日の身体検査だったため、取り調べの過程で蹴られたりなどして、できた傷なのではと推測される。しかも、カギ型の向きは逆になっていて、着衣時には身体の傷と照合しないという「不可解すぎる矛盾点」があった。位置が逆なことに検察からの反論はないが、身体の傷については「もともとあった。身体検査はしたが、医者も警察官も気がつかなかった」としている。
加えて、血痕の撮影方法でも対立した。袴田弁護団が、肉眼で見た状況を忠実に再現すべく、白色蛍光灯でフラッシュをたいて撮影したのに対して、検察は白熱電球で撮影したため、より赤みが増したと主張する。
なぜ、検察側からまったく違う鑑定結果が繰り返されるのか。東京高裁判事や最高裁調査官を歴任した、ひいらぎ法律事務所の木谷明弁護士は、検察に協力的な「御用学者」の存在を推測する。
「権力の周辺には、権力に群がる、学者の良心を捨ててしまった研究者がいる。そういう人の協力を得てやるのではないか」(木谷弁護士)
袴田事件を長年追い続けている、元朝日新聞記者でジャーナリストの小石勝朗氏は、「再審開始決定の時に『捏造』に触れられたところが、検察庁や捜査機関、警察にひっかかったのでは」と指摘する。
みそタンクから見つかったとされるズボンは、袴田さんが実際に着用すると、サイズが小さすぎてはくことができなかった。検察は、ズボンのタグに付けられた「B」という表記を、色の表記と知りながら、「Bold(太い)サイズ」を意味するとして、みそに漬かり乾燥したことで「しわくちゃになって、はけなくなった」と主張。その後、弁護団も「B」は色を表す表記と知り、もともと小さすぎるサイズだったことが発覚した。
「みそで漬かって縮んだという言い訳ができなくなった。(その後の)検察の意見書だと、『袴田さんが逮捕されて太ったからはけなくなった』と理由を変えている。どうやって実際に証明できるのかなと不思議」(小石氏)
みそタンクについても、検察の捜査報告書では、事件直後のみその量を80キログラムとしていた。しかし、弁護団の再現により、約2メートル四方のタンクでは深さ1.5センチにしかならず、「5点の衣類」を隠せる量ではないと判明した。
「警察官が実際にみそのタンクの中を捜索している時に、気がつかないわけない。実際に『5点の衣類』が見つかったタンクを捜索したという警察官は、『その時は何もなかった』と言っていた。危険を賭してまでそういう風に言っているということは、かなり信用性が高いのでは」(小石氏)
冤罪や司法制度の問題に詳しい映画監督の周防正行氏は、内部告発をこう見る。
「日本は内部告発や勇気ある行為をした人が、不当な圧力や嫌がらせを受ける国。裁判官もこれまでに違う判決を出す際、まわりと歩調を合わせるなど、忖度をする場合もあると聞いた」(周防監督)
小石氏はジャーナリストの観点から、死刑制度との関連性も指摘する。
「『国家的なテーマになるので、この事件は頑張らなきゃ』みたいな話が、検察なり法務省なり、全体の方針みたいになっているのではないか」(小石氏)
袴田弁護団の小川弁護士は、「冷静に考えれば、我々と証拠の見方が180度違うことはあり得ないと思う」として、検察の行動を「自分たちは先輩の過ちを隠そうと、あるいはそれを守ろうというのが使命だと、誤った考えを持っているのかも」と分析する。
木谷弁護士は、裁判官時代に体験した、検察を物語るエピソードを振り返った。
「浦和の裁判長をやっていた時代に、多くの無罪(判決)をやったと言われている。ある時、まったく事件と関係ない検事が、僕のためを思って忠告してくれた。『あんまり検事の言うことと違うことをやらないほうがいいですよ』と。なぜだと聞くと、『あなた方がいくら頑張っても、1人かせいぜい3人で議論するだけ。俺たち(検察)はいざとなったら、庁全体、高検、場合によっては最高検まで巻き込み徹底的にやる。そんな検察を相手に勝てるはずないじゃないですか。だから、あんまり頑張らないほうがいいですよ』。善意の忠告だが、それに全てが現れている」(木谷弁護士)
(『ABEMA的ニュースショー』より)
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