戦う以上は、どんな相手でも憧れてしまっては勝てない。日本中を興奮させたあの言葉を胸に、若手棋士がレジェンドを打ち破った。将棋界の早指し団体戦「ABEMAトーナメント2023」本戦トーナメント1回戦・第2試合、チーム康光とチーム斎藤の対戦が8月5日に放送された。第7局はリーダー佐藤康光九段(53)に冨田誠也四段(27)が挑み、241手に及ぶ大熱戦を制し、チーム勝利も決めた。永世棋聖の有資格者でもある大先輩に、気持ちを入れまくった冨田四段の戦いぶりに、ファンからも喝采が起こった。
チーム斎藤がスコア4-2とリードして迎えた第6局。まだ2つ分のリードはあるが、流れが変わればここから3連敗で敗退もあるのが、この超早指し団体戦の魅力であり、怖さだ。予選では個人3連勝を決めてリーダー斎藤慎太郎八段(30)からプレゼントされたオーダースーツで戦う冨田四段は、決着をつけるべく気合満点で盤に向かった。相手はプロ歴だけでも36年を数え、タイトル13期に日本将棋連盟の会長も務めたレジェンド。いつもの気持ちで戦ってはメンタル負けするとばかりに、先手番から得意の中飛車で積極的に攻めに出た。
ただし百戦錬磨の佐藤九段が受け止め、少しずつペースを握り始める中、冨田四段は中盤から終盤にかけて粘りに粘って勝負形に。150手を過ぎても勝敗の行方が見えない中、さらに手数が進むとついに形勢は冨田四段に。200手を過ぎたあたりでついに形勢逆転に成功すると、その後も激しい叩き合いで241手の激闘を制した。
対局後、冨田四段は「悪いてもいっぱい指した。失礼ながら互いにプロの将棋とは思えないような、子ども大会のケンカみたいなバチバチ。そんな中でも一つ、結果が出たのはよかったです」と、熱くなった自分を落ち着かせるように語った。さらには「自分の対局態度はあまりよくないと思うんですけど、自分ちょっと将棋の実力がないんで、そういうの含めて戦わないと」と、なりふり構わず勝利を目指したと明かした。そして最後に口にしたのはリーダー斎藤八段から伝えられた言葉だ。「『憧れるのをやめて自分らしく』って言われたんで。自分らしく以上をやっちゃったかもしれないですね」と、少し苦笑いした。
「憧れるのをやめる」といえば、今春に行われた野球の世界大会「ワールド・ベースボール・クラシック」の決勝で、日本代表・侍ジャパンのエース兼主砲だった大谷翔平が、決勝のアメリカ戦を前にチームメイトに伝えた言葉。スター選手との対戦で憧れを持っては勝てないと鼓舞した結果、チーム全体が奮闘し3度目の優勝を果たした。気持ちで戦う冨田四段。世界を制した言葉をかけられたからこそ燃えに燃えた。次は藤井聡太竜王・名人(王位、叡王、棋王、王将、棋聖、21)率いるチーム藤井戦。最強棋士を相手に、憧れは持たず、さらに燃える。
◆ABEMAトーナメント2023 第1、2回が個人戦、第3回から団体戦になり、今回が6回目の開催。ドラフト会議にリーダー棋士14人が参加し、2人ずつを指名、3人1組のチームを作る。残り1チームは指名漏れした棋士が3つに分かれたトーナメントを実施し、勝ち抜いた3人が「エントリーチーム」として参加、全15チームで行われる。予選リーグは3チームずつ5リーグに分かれ、上位2チームが本戦トーナメントに進出する。試合は全て5本先取の9本勝負で行われ、対局は持ち時間5分、1手指すごとに5秒加算のフィッシャールールで行われる。優勝賞金は1000万円。
(ABEMA/将棋チャンネルより)