10月7日(土)にタイ・バンコクのルンピニースタジアムで開催される「ONE Fight Night 15」で青木真也がONEフライ級サブミッション・グラップリング世界王者のマイキー・ムスメシとグラップリングマッチで対戦する。2022年11月「ONE163」でサイード・イザガクマエフに敗れて以来、約10カ月ぶりに青木のONE参戦が決まった。
青木のONE初参戦は2012年10月のアルナウド・ルポン戦。同年4月にアメリカ・オハイオ州クリーブランドで行われた「Bellator 66」でエディ・アルバレスにTKO負けしてから、青木は戦いの場をONEに求めた。2004年にプロデビューした青木のキャリアを考えると、ONEは最も長く在籍している団体になる。今やONEの最古参ファイターとなった青木にとってONEはどんな団体なのか。
「僕と朴光哲が同じタイミングでONEと契約して、今もONEに残っているのはエドゥアルド・フォラヤンとビビアーノ・フェルナンデスくらいかな。僕がPRIDEとDREAMで試合をしていたのが2006年~2011年だから、気づけばONEが一番長いキャリアになっている。あとからの答え合わせになるけど、日本でのキャリアが下積みで、そこからONEでステップアップしたみたいになってますよね。
ただONEと契約した当初、ONEが将来的にどうなるか分からなかったし、ここまで大きくなるとも思っていなかった。ぶっちゃけ数年でなくなると思ったし、2~3年ONEでやったら次のサイコロを振りに行こうと思っていました。ここまでONEが続くのは大したもんだし、逆にこれだけ規模が大きくなるとやめられないでしょう。今はONEの都合でオファーがある・ないという状況だけど、ONEには本当によくしてもらった。すべてに満足はしないけど、これはこれでいいかなと思っています」
今回の試合はMMAではなくグラップリングルールで、対戦相手はブラジリアン柔術の世界王者にして、ONEでもサブミッション・グラップリング世界王者に君臨しているムスメシ。MMA屈指の寝業師・青木がムスメシに挑む試合であると同時に、ムスメシ目線になればムスメシのステップアップのための試合とも言える。青木はこうした試合を受けることも、ONEにおける今の自分の役割だと感じている。
「去年ケイド・ルオトロとグラップリングでやった試合やイザガクマエフとやった試合も同じ。キャリアがある僕に売り出し中の選手を当てるのは、踏み台になってくれというメッセージを込めた試合ですよ。でもそれを僕は不快だとは思わない。僕とONEの契約がどうなるか分からないけど、契約が終わりに近づくってそういうことだし、お互いの役割を全うして終わりになるんだと思います」
では今の青木はどんなスタンスで試合をしているのか。
「僕ももうMMAをやって20年ですよ。そりゃ勝ったらうれしいし、負けたら悔しいけど、いちいち勝ち負けで一喜一憂はしていない。そこまでピュアじゃないし、そのエネルギーもない。いまだに青木が日本の大将とか砦みたいな煽られ方をすると、みんなそんなテンションで俺を見てるの?って思います。これは僕がずるいところでもあるんだけど、僕は自分の立ち位置を競技や強さを競うモノサシでは測れないところに置いているから。大事なことは淡々と自分の仕事をこなすこと、ちゃんと自分の仕事をやりきること。こう言うとネガティブに捉えられることが多いけど、そういうテンションで仕事することが今の僕の役割。格闘技ファンや若い人たちからすると、試合に対してはそんなテンションなのに、いいコンディションをキープして、クオリティを保っていて、一定数強いというのが、なかなか理解されないところだと思います」
青木は自身のSNSを使った発信が増え、近年では格闘技メディアへの露出が減った。青木の格闘技に対するスタンスが理解されにくいのは、そうした影響もあるだろう。デビューから20年、第一線を走り続ける青木。今は「消耗のサイクルに耐える腕を磨いておかないと、簡単に淘汰されていく時代」だと捉えている。
「最近は選手の影響力そのものが安くなっていますよね。影響力を持つことが簡単になったとは言わないけど、15年前と比べると明らかに楽にはなっていると思う。今は色々と発信する手段が増えたから。だから僕は自分の影響力が安くならないように意識しています。あとはそれと腕(実力)が伴っている人間がどれだけいるのかって話で、僕がいう腕は競技的な強さもそうだし、プロとして生きていくしぶとさもそう。昔に比べると長く一線で活躍する選手が減っているのは、その腕がないからだと思います。
コンテンツ(選手)が周りの広報やPRに耐えられなくなっているんですよ。僕が那須川天心と武尊がすごいと思うのは、2人とも広報やPRされることに耐えられるだけのタフさがあるから。競技者としてのタフさ、勝ち続けるタフさ、人前に出ることへのメンタル的なタフさ……純粋にあの2人は商品として強いんです。申し訳ないけど他の選手は一度売り出されて世に出ても、それを持続するだけのタフさがない。だから一度売れると、そのあとは安売り店でたたき売りされている感じがするんです。
僕は世渡り上手で小手先のやりとりで誤魔化している、喋りやマイクで上手くやっていると思われがちだけど、そうじゃないから。ちゃんと試合で見せられるものを見せて、その上で言うことを言っている。そこを勘違いされてるなと思います。今の選手は試合前に色々言って話題にしようとするけど、試合後の印象に残る言葉は少ないじゃないですか。いいマイクだなとか、試合後の言葉でみんなが覚えているものが少ない。それは試合とセットで見てもらえてないからだし、マイクだけしゃべりだけが上手いっていうのはないですよ。そこは試合で見せるものも込みだから。今は消耗のサイクルが早いから、それに耐える腕を磨いておかないと、簡単に淘汰されていく時代だと思います」
■「35~36歳で5R用の準備はできない。それも認めたうえで何を出せるかが“本当の腕”」
プロ格闘家として生き残るために必要な腕、その根本は競技者としての強さ。青木は「自分の立ち位置を競技や強さを競うモノサシでは測れないところに置いている」というが、試合に勝つ・他人の評価とは別軸で強くなることを追求し続けてきたからこそ、今のポジションがある。そして青木は自身の衰えを素直に認めたうえで、強さの追求と向き合っている。
「正直に言うと力は落ちてきていますよ。練習で高いアベレージを出せなくなりました。例えば月曜日にめちゃくちゃ調子がいいと、他の曜日がダメ。一週間のうちに練習のピークを作ると、それ以降はパフォーマンスが戻ってこない。30代までは月曜日に調子がよくて練習をやりこんで、火曜日は抑えめにすると水曜日は戻ってくるとか、体力やコンディションの回復を予測できたんです。でもそれが出来なくなってきた。だから今は練習のピークを作らずにベースの平均値を上げて長く続ける、毎日の練習をいい平均値でやり続ける、スパーリングの本数を減らして強度を下げない……そっちに変わってきましたね。最近、僕がコンディショニングが大事と言っているのはそういう理由です。
それで言うとコンディションニングのヒントになったのは格闘家じゃなくてプロレスラーなんですよ。彼らは年間100試合近くやっていて、試合と試合の間に長時間の移動もある。僕も少しだけ巡業に帯同したことがあるけど、試合して移動して試合して……を繰り返すのは本当にしんどい。で、周りの選手を見ていると、それぞれ巡業をやりきるためのケアやトレーニングのノウハウを持っているんです。実際にプロレスラーは新しいケアグッズやサプリメントを取り入れるのが早い。プロレスラーと接することで、コンディショニングを学びました。僕も格闘技・プロレスで日々競技生活を続ける中で、色んなことを実験しています。それが本当に面白いし、今でも色んな発見がありますからね。
これは初めて話すけど、2019年にフォラヤンやクリスチャン・リーとタイトルマッチをやった時、僕は5Rの準備はしていない。というかできてないんですよ。それまでは5Rの試合が決まると、5R用のサーキットをやったりしていたけど、もうそこまで出来なかった。あの時は3Rの準備のまま、5Rの試合をやりました。35~36歳で5R用の準備はできない、それが本音です。この年齢になるとMMAは3Rまでだと思うし、僕はそこはかっこつけずに言いますよ。それも認めたうえで試合で何を出せるか。それが本当の腕だと思います」
そんな青木が挑むムスメシとの一戦は、青木がこれまでやってきたこと、そして今の青木真也をぶつける試合になる。
「ムスメシと攻防はできるし、形にはなると思う。ただリズムをゆっくりやってほしい。去年ルオトロと向き合ったときにリズムが速いと思ったんです。向こうがボールを速く投げてくるから、こっちもそれに合わせなきゃいけないというか。技術のラリーが速かったんです。僕もゆっくりだったら対処できるけど、速くなるとミスが生まれる。相手はそれを狙って速くしてきたわけです。だから僕はわざと間を持って、相手を無視してラリーをゆっくりにした。それで最終的に極めさせずに時間切れまで持ち込みました。ムスメシもルオトロと同じようなリズムで来るだろうし、ラリーが速いと若くて体力がある方が強いのは明らか。そこをどうするかが格闘技の妙だし、ムスメシを僕のリズムとペースに合わせられるかどうかを見て欲しいですね」
ONEを中継するABEMAが作成した大会ビジュアルには「40歳、窓際の意地」という言葉が躍った。それは20年間変わらない、そして20年間貫いてきた青木真也の意地だ。