藤井聡太の“頭の中”を見せたくて 改良重ねたSHOGI AI…DL系導入でどうなる【八冠への道】
【映像】藤井聡太七冠が“王座”獲得し史上初の「八冠達成」 ハイライト
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 その瞬間、思わず声を上げてしまった人も多いのではないか。

 第71期王座戦五番勝負第3局、永瀬拓矢(九段)・藤井聡太(八冠)戦の大詰め。AIが示す勝率で「96%対4%」と圧倒的な勝勢を築いていた永瀬拓矢が、自に飛車を打った場面だ。

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 ABEMA将棋チャンネルの画面では、確かにその手がAIの候補手として3番手に挙げられていた。ただし…それを指せば、勝率が-46%のマイナスになることも同時に示されていたのである。

 信じられないような逆転劇も、その時点でどちらがリードし、どの手で形勢が入れ替わったのか、何の指標もなければ素人には気づくことすらできない。だからこそ将棋中継のAI表示は、もはや無くてはならない存在となった。

 「藤井聡太の頭の中を見せたい…」

 ABEMA将棋チャンネルが提供する、通称「SHOGI AI」は、担当者のそんな思いで改良が重ねられてきた。直近の竜王戦七番勝負からは、藤井も使用しているディープラーニング(深層学習)と呼ばれる最新型のAIを導入している。

 夢の「八冠ロード」と並走するように進化を続けてきた「SHOGI AI」。藤井聡太の名手・名局を振り返りながら「AIと将棋」の関係を考えてみたい。(文中敬称略、段位は2023年10月時点のもの)

AIが演出した最高のエンタテインメント「4一銀」

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 「SHOGI AI」の開発責任者である藤崎智は藤井のプロデビュー以来、ほとんどの現場に赴き、対局中継を支えてきた。その藤崎に、最も印象に残っている藤井の「一手」は何か、問うとすぐに返事が返ってきた。

 「松尾先生との対局で指した4一銀。あれはすごく記憶に残っていますね。指すか?指さないか?…指した!みたいな」

 それは2021年3月に行われた竜王戦2組ランキング戦の準決勝、松尾歩(八段)との対局で生まれた“名手”だった。

 「あれこそ藤井先生の強さだし、一方でAIがなければああいう展開にはならなかったと思います」

 藤井聡太の“神の手”の素晴らしさを、SHOGI AIによって最大限に伝えられた…藤崎の記憶に強く残る、その場面を振り返ってみよう。

 解説は及川拓馬(七段)と藤森哲也(五段)。局面は56手目、後手番の松尾が藤井陣内に角を成り込んだところだ。

 次は藤井が自分の飛車で松尾の飛車を取る一手、解説の2人はそう考えていた。だが…

 最初に気がついたのは及川だ。SHOGI AIの示す最善手が「4一銀」となっていることを指摘したのである。

 驚く藤森。「こんな手、見えない。何しているのかわからない!」と叫ぶ。

 確かに「4一銀」は一応、“王手”ではあるのだが、相手の金ですぐ取られてしまい、王将への直接攻撃は続かない。“タダ捨て”の手なのである。

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 ではなぜAIはこの手を最善手と示すのか。

 及川・藤森の二人は盤面を使い、じっくりと検討していく。

 すると、「4一銀」とタダで相手の金に取らせて玉の退路をふさいでおくことによって、最終的に藤井優位となることがわかってきたのだ。

 それでも藤森は独特の表現で「プロでも指せない手」であると訴え続ける。

 「人類に思い浮かびますかね?」

 「4一銀は化け物の一手」「神の一手」「スーパーサイヤ人の手でしょ」

 「4一銀を打つ人に、もう将棋勝てないです」

 この一手に藤井が費やした考慮時間は59分。

 視聴者はその間、藤森と及川による興奮気味の解説を聞きながら、「果たして藤井は人間を超えた手を指せるのか」、ワクワクしながら見守ったのだった。

 「藤井先生が自分の駒台の銀に手を伸ばしたときは鳥肌が立ちましたね。その瞬間を視聴者全員が目撃した、もう本当に画期的だと思います」(藤崎)

 この“神の手”を境に藤井は優勢を拡大し勝利を収めるのだが、視聴者にとっては、その直前の59分間こそが最高のエンタテインメントになっていた。

 まさに対局者・解説者・AIが一体となって、将棋の面白さを最大限に伝えてくれた時間だったのである。

「八冠ロード」とともに歩んだSHOGI AI

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 「AIが、将棋ってこんなに面白いものなんだという指標のひとつになり、将棋が日本中で普及するきっかけのひとつになった。それだけでもAIをやってよかったなと」

 改めて藤崎はそう振り返る。

 ABEMA将棋チャンネルで「SHOGI AI」の本格的な運用が始まったのは2020年の1月だった。藤井が初めてタイトルに挑戦したのがこの年の6月に始まる棋聖戦だから、まさにSHOGI AIは、藤井の「八冠ロード」とともに歩んできたと言っていいだろう。

 今でこそどの将棋中継でも採用されているが、優勢劣勢をパーセンテージで表示する方式は当時、画期的だった。

 「その頃、普通のAIでは優勢な側が『4000だ』とか『9000だ』とかいう数字を出していた。4000だから勝っているんだろうけど、どれくらい勝っているのかわからない。じゃあ、世間的には一番わかりやすいものということでパーセンテージにしました」(藤崎)

 さらに視聴者を楽しませる仕掛けが、「次の一手」の候補手だ。「最善」から順に5手を示しているが、最善手を指さなければ、その時点での勝率を維持することはできない。最善手以外の手には、例えば「-5%」などと表示されていて、それを指すと実際に5%前後、勝率が下がってしまう。

 冒頭に紹介した、王座戦で永瀬が飛車を打った手は、3番目の候補でありながら「-46%」と表示されていた。AIは「この手を指すと形勢が一気に変わりますよ」と警告していたのだ。

 AIが“すごさ”を可視化した藤井聡太の名局

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 この「次の一手」表示が最大限のスリルを生んだのが、2020年6月の棋聖戦五番勝負第1局。渡辺明(九段)対藤井聡太だ。

 最終盤、18%対82%という劣勢に追い込まれた渡辺が逆襲に転じ、藤井玉に連続で王手をかけ始める。この場面で視聴者の緊張を高めたのが、AIの「次の一手」表示だった。

 渡辺の王手に対し藤井の選択肢は複数あるが、ほとんどの場合、「最善手」以外は大幅マイナス、つまり藤井玉が詰んでしまうという表示になっているのだ。

 既に持ち時間を使い切って、1手1分以内に指さなければならない「1分将棋」、その中で一度でも「最善手」を逃せば負けに転落する…

 そんな細い細い一本道を、当時17歳の天才棋士は見事に走り切った。16手連続でかけられた王手にすべて「最善手」で対処。それ以上、王手を続けられなくなった渡辺は投了に追い込まれた。

 「AIがないと多分、普通に王手を回避して勝ちました、くらいにしかなってないと思うんですよね。何が起きたか、これまで素人にはわからなかったことが、AIができたことによって可視化されて誰もがすごいことを認識できるようになった。それが新たな将棋ブームにもつながっていると思います」(藤崎)

 藤井が圧倒的な終盤力を見せつけ、「観る将」の人たちにAI表示を伴う将棋観戦の楽しさを知らしめた一局は、この年の「名局賞」に選ばれている。

 「我々だけがAIをがんばりましたと言っても、ここまで普及しなかったと思います。藤井先生がいたから、活躍したからこそAIが生きたわけです」

ディープラーニングは「人間に寄り添う」AI?

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 2023年10月6日に始まった竜王戦七番勝負。

 第1局1日目の昼休憩中、ABEMA中継の画面に登場した藤崎は、おもむろにSHOGI AIの“変更”について説明し始めた。

 「実はきょうからAIを変えまして、竜王戦用にディープラーニングのAIを導入しました」

 ディープラーニング(以下DL)系将棋ソフトは、2020年末、藤井が研究のために導入したと話題になった。特に序盤の形勢判断の評価に優れているとされるのだが、それをSHOGI AIに導入するとどういうことになるのか?

 藤崎は1年ほど前から、対局中継の際、画面上に表示される通常のAIとは別に、DL系AIにも手を読ませていた。

 その結果、優勢な側の勝率の数値がDL系では低めに出る傾向が明らかになったという。棋士たちはよく、「AIの数値ほど形勢に差があるとは思えない」と口にする。そういう意味でDL系の数値は人間の感覚により近いのではないかと藤崎は考える。

 特に注目したのは、藤井の指し手がDL系AIと一致することが多かったということだ。DL系AIで研究を重ねてきたことで、「考え方」が似てきているのかもしれない。

 実はこのところ、AIの運用については思うところがあった。

 「かつては使用するAIは最強でなければいけないと考えていたんですけど、最強過ぎても見ている人はついていけない。解説の棋士も『その手、指さないでしょ』みたいなところがあるので…人間の対局なのでそこに寄り添うような形で表現できたほうがいいのかなと」

 「藤井聡太の頭の中を見てみたい」…そんなファンの声に応えようと改良を続けてきたSHOGI AI。藤井の“八冠ロード”とともに進化を重ねてきた。

 その中で藤崎には、ある思いが強まっている。

 「AIの数字にばかりとらわれるんじゃなくて、純粋に将棋を楽しんでほしいんです。将棋って面白いということをお伝えしたい。そのために、例えばDL系AIは人間らしくていいんじゃないかなと」

 「AI超え」「神の手」などと言われる驚異的な指し手を見せてきた藤井だが、極めて人間的な手や、あえてAIの最善手を外したかのような指し回しも多い。

 AIとは別の次元で実に魅力的な将棋なのだ。SHOGI AIの進化も感じながら、人間・藤井聡太の将棋を楽しみたい。

(ABEMA NEWS 佐々木毅)

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