割れてしまった器を漆で接着し、金粉などで美しく甦らせる日本の伝統技術、金継ぎ。11月、全国規模の資格試験「金継ぎ検定」がスタートした。
この検定を立ち上げたのは、自分でできる金継ぎキットの販売や金継ぎ教室などの事業を展開する俣野由季さん。薬剤師の資格を持ち、英語・ドイツ語も堪能なトリリンガルという異色の経歴の持ち主だ。
自身の考え方の変化について、俣野さんはこう話す。
「ドイツにいた時にものすごく自分の価値観が変わった。それまでは使い捨てとか大量生産、大量消費、好きな服、ブランド物を買って散財して、ごくごく一般的な人だったが、ドイツ人はみんな環境問題に当たり前のように気を使う。帰国した時、以前より日本のことに目を向け、地球の環境を気にする人間になっていた」
俣野さんは京都薬科大学を卒業後、大手製薬会社の営業職として4年間勤務の後に語学の必要性を実感。退社し2年間のカナダ留学で英語を習得。さらにドイツ語の習得を目指してドイツへ渡った。ドイツ語を習得した後、「製薬会社では医師に提案する立場だったが、自分の判断で人を治療できる立場になれたら」と現地で医学部受験にチャレンジするものの、日本に帰国する。
再び大手製薬会社を受け始めたものの武器になると信じていた語学力が評価されなかった。
「10社以上受けたと思うが、全然箸にも棒にもかからない感じで、かなり挫折を味わった。語学力は期待されなかったのが自分の中で発見で。あったらもちろんプラスだとは思うが、『あるから雇う』ということはないと気づいた」
俣野さんは、薬の開発や試験を行う機関に将来性を見出し就職。入社後は堪能な語学を活かせる仕事も任され、医薬品の治験など専門的な知識を身に付けると、再び大手医薬品会社で職を得ることに成功。この業界で着実にキャリアを積み上げていくかと思いきや、俣野さんの向上心は止まらなかった。
■「挽回して認められたい」━━MBA取得へ
MBA取得を目指し、会社で働きながらカナダの名門 マギル大学の大学院日本校に入学した。当時について俣野さんは「キャリアアップしていきたいっていう気持ちと挫折した体験から『自分の社会的価値はこんなに低いんだ。挽回したい』と思った」と振り返る。睡眠と会社勤務の時間以外は全て「マシンのように勉強した」という。
MBAの卒業試験を数カ月前に控えたある日、転機が訪れる。
ドイツ留学時代に買った思い出のポーランド食器を割ってしまった俣野さんは、修繕方法を調べ、金継ぎを職人に依頼。さらに大学の授業で来日した外国人講師が金継ぎの魅力について熱心に語るのを聞き、海外からも評価される伝統技術に興味をもった。
金継ぎのビジネスをテーマに書いた卒業論文はA評価を獲得。起業して実現しようと決意した俣野さんは、当時副業禁止だった勤め先の人事部に直談判し、「業務との両立」を条件に許可を得た。
起業を決意したものの、周囲の知人らからはなかなか理解されず、サポートも得られなかった。そんな中で、俣野さんの思いを理解し、支持してくれたのが両親だった。
「1つもネガティブなこと言わずにいいよって。ちょっとその場で泣いたんですけど」
器が持つ歴史を甦らせる金継ぎ。経験がない人でも挑戦できるキットを販売すると、そこからはコロナ禍の巣ごもり需要を追い風に大ヒット。金継ぎを学べる教室を開くと連日予約で埋まった。そんな状況を見て立ち上げたのが、金継ぎ検定だった。
「私も資格を取るのが好きだったので。自分の実力がどんなものか客観的に知りたいし、 100%のうちの今自分が何合目にいるかというマイルストーン、そういうモチベーションに結びつくと考えた。せっかく資格を取ったら自慢したいと思うので」
「自分の価値を高めたい」という猛烈な熱意で突き進んできた彼女だからこそ、たどり着いた、「金継ぎ検定」という資格試験。これからも向上心が尽きることはない。
成功を掴んだ俣野さんが大事にしているのは「誰よりも早くやること」だという。
「やりたいことはすぐに着手することがモットー。『決断に1週間ください』などと言う人は1週間ずっと考えているわけではなく、実際には期限の10分前ぐらいから考えて決めている場合が多い。決断のためにどんな情報が不足しているのか、ネクストアクションはすぐに考えている。自分の中の基準を決めておくと判断も早くなる」
■なぜ日本人の起業は少ないのか?
俣野さんの挑戦と向上心について中国電力時代は営業職として活躍しベンチャー企業の立ち上げも経験したという青山学院大学陸上部の原晋監督は「グチばかり言っているサラリーマンも多いが、彼女のようなチャレンジ精神、今の時代に即したルールを自ら作ろうという姿勢を見習うべき」と共感した。
その年の全企業に対して、新しく開業した起業の割合を示す「開業率」を見ると、2020年はイギリスが11.5%、フランスが11.3%、アメリカが9.3%などに対し、日本は5.1%となっており、欧米との差は大きい(内閣官房「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」から)。現状を打開すべく政府は22年に「スタートアップ育成5か年計画」を打ち出している。
Trusted CEOで事業としてヨーロッパの大企業と日本のスタートアップとのコラボレーションを促進しているファリザ・アビドヴァ氏は「例えばヨーロッパの大企業から『日本といえば自動車産業だから、日本のモビリティ関連のスタートアップを探して欲しい』と言われて探しても5社しかないとか、『高齢化が進んでいる日本ならではのソリューションや面白いアプローチはあるか』と声をかけられリサーチしても、該当するスタートアップ企業が非常に少ない」と実情を語った。
ファリザ氏は、日本人にとって起業に踏み出すハードルが高い要因として、「起業に関する新しい情報が学生らに届いていない。さらに、失敗を許さないマインドセットがある」と指摘。
さらに、「今はたくさんのサポートシステムが出来上がり5か年計画もある。資金の面でも仕組みの面でも起業しやすい環境になってきている。例えば資金調達の手段にはエンジェルインベストメントや様々な国が運営してるアクセラレーションプログラムなどもあるが、学生たちにはその情報が届いておらず、最初から諦めている。また、『もし失敗したらどうする?』というプレッシャーが大きく、周りのサポートを受けるのが難しい。両親や結婚相手などの理解を得られず、せっかく始めたビジネスを途中でやめてしまったケースを何度も見てきた」と課題を示した。
原監督も、アスリートのマインドと起業のマインドの共通点を例にあげ、チャレンジできる環境へのシフトに期待を示した。
「アスリートは『今の自分を超える』ことをキーワードに常に進化・チャレンジする存在であるためスタートアップ向きだ。アスリートのセカンドキャリアとして就職を選んでもいいが、起業にチャレンジするぐらいの気構えがあってもいい。豊富な知識が必要になるので、情報をしっかりとってチャレンジしてほしい」
(『ABEMAヒルズ』より)
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