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 WBA世界スーパーフライ級王者の井岡一翔(志成)が12月31日、東京・大田区総合体育館で同級8位のホスベル・ペレス(ベネズエラ)と防衛戦を行う。21歳で初めて世界チャンピオンになってからおよそ13年、34歳になった井岡はいったいどんな気持ちで大みそかの試合を迎えるのだろうか。戦い続けるチャンピオンに話を聞いた――。

 井岡の大みそか出は6年連続12度目で、いまやすっかり“恒例行事”とだが、今年に関しては「ないかもしれない」とのウワサも流れていた。その根拠は、対戦交渉を続けていたWBC王者、フラン・フランシスコ・エストラーダ(メキシコ)との統一戦プランが流れたことだった。

 井岡は2017年の大みそか、保持していたWBAフライ級王座を返上して引退を発表した。その後発言を撤回し、18年9月に米ロサンゼルスで復帰を果たすのだが、このイベントの主役がエストラーダだった。井岡はそのときの光景を5年たった今でも鮮明に覚えている。

「衝撃というほどではなかったけど、カルチャーショックというか、軽量級でこれだけ認知され、称賛を得ている選手がいるのかと驚きました。自分が日本で世界チャンピオンとして戦ってきて、それはもちろん誇りだし、自信もあるんですけど、彼を見ると自分が小さく見えたというか。だったらシンプルにエストラーダを倒せばこの階級で一番の評価が得られるんじゃないか、ベルトを超越した戦いが実現できるんじゃないか、そう思ったんです」

 復帰してから5年以上、井岡の目は常にエストラーダをとらえていた。そして昨年大みそかにはエストラーダが来日し、井岡とジョシュア・フランコ(メキシコ)との2団体統一戦をリングサイドで見守った。その日は近いと感じさせた。

 6月に井岡が第1戦目でドローに終わったフランコとの再戦に勝利してWBA王座を獲得すると、両陣営の本格的な交渉がスタート。しかし、残念ながら長々と続いた話し合いはまとまらず、ひとまず先送りという形に落ち着いたのである。

「細かい打ち合わせを何度もして、すりあわせをして、妥協点を見いだしていくみたいな作業が続いたと聞いています。向こうは敵地に行くわけだし、迎えるこちら側の事情もある。話がまとまらなかったのは僕の実力不足もあるかもしれないし、悔しい思いもある。ただ、陣営がベストを尽くした上で年内は難しいということになったわけで、仕方のないことだと思っています」

 エストラーダはキャリア終盤を迎えており、若いころのように次々と試合をする状況ではない。慎重に吟味して、試合を選んでいるのだ。その中で井岡戦は選択肢の一つであり、交渉はあと一歩というところまで進み、そして実らなかった。エストラーダを追いかけ続ける井岡の心中は察するにあまりあるが、ここで立ち止まらないところに、井岡一翔というチャンピオンの真髄を見ることができる。

「エストラーダ戦がなくなって、今回は家族でゆっくり過ごすということも一瞬、頭をよぎったけど、それは違うなと。指をくわえて待ってる場合じゃない。前に進むしかないんですよ。幸い自分にはベルトがあって、大みそかに戦う場もあった。気持ちを切り替えて、別の選手と試合をすることにしました。迷わなかったですよ」

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■「前回の試合でボクシングの奥行きが深くなって、理解も深まった」

 エストラーダと交渉が進む間、井岡は合格発表を待つ受験生のようにただやきもきしながら祈り続けていたわけではない。「トレーニングに入れば純粋になれるし、充実してるし、ハッピーだと思える」との言葉通り、練習に励む姿勢は常に精力的だった。「来年の3月で35歳になる自分が、20代半ばの選手とハアハア、ゼエゼエしながら一緒にトレーニングする。なんかすごく青春だなって」と笑う井岡に焦りや憤りは感じられない。

 6月のフランコ戦で手応えをつかんだことも、前向きな気持ちを後押ししている。

「前々回の試合をドローで終えて、そこからもう一度考えさせられて、前回の試合を突破することができた。あの試合で自分のボクシングの奥行きが深くなって、理解も深まりました。『あ、こうすればこうなるんだ』というのがあの試合で増えたんです」

 もともと玄人をうならせる緻密なボクシングをする井岡が「理解が深まった」と言うのだから驚きだ。もう少し解説してもらおう。

「自分に対してアドバイスができるというか、気づきができてるなと思います。気づきというのは僕の中で始まりのこと。気づけるから『あ、ちょっとこうしてみよう』となる。思っている動きができる。それが次にもつながる。前に比べて、自分も相手もコントロールしやすい、という感覚です。自分は才能にあふれて、能力が高くて、最初から何でもできたというタイプじゃない。時間はかかりましたけど、自分の中で解いて、できるようになったのが強みじゃないかと思うんです」

 次の試合は国内歴代最多記録を更新する25回目の世界タイトルマッチだ。10年以上“やり続けてきたチャンピオン”はあらためて次のように語った。

「ほんと、やり続けるって難しい。もっと難しいのは結果を出し続けること。だからこそ意味があると思うんです。まずは踏み出して、やり続けてみないと結果が導けない。踏み出した人にしか結果は出ない。それが勝ちでも負けでも、そこからストーリーが始まるし、常にやり続けた人だけに描けるものがあると思う。そういう素晴らしさを感じているし、伝えていきたいと思っているんです」

 井岡が初めて大みそかのリングに上がった2011年から12年。今年はまたひと味違った井岡一翔が見られそうな予感がする。

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