昨年10月、SNSの総フォロワー数が世界で10億人を超えるアメリカが誇る世界最高峰のスポーツエンターテイメントであるWWEのメイン大会「RAW」と「SMACKDOWN」の放送が日本で開始された。さらに先月27日(日本時間28日)に行われた「ロイヤルランブル」以降は、放送席の陣容を一新。自他ともに認める“WWEフリーク”の塩野潤二アナウンサーらが加わった。そんな塩野アナが、自らの実況回ごとにWWEの魅力や楽しみ方を振り返る連載コラム。第5回目は現地で体感した年に1度の祭典「レッスルマニア」の秘話に迫る。キーワードは「善悪を超越したカリスマ」。
忘れられない『ザ・ロックvsハルク・ホーガン』の秘話
レッスルマニア・デイ1で『史上最大のタッグマッチ』が決定しました。
コーディ・ローデス&セスロリンズvsザ・ロック&ローマン・レインズ。ハリウッドスターのドウェイン・ジョンソンこと51歳のザ・ロックが、現役WWEスーパースターのトップ3と交わる奇跡の一戦です。
俳優のドウェイン・ジョンソンしか知らないという方もいると思いますが、そんな方にまず見て頂きたいのは、ロックの必殺技『ピープルズ・エルボー』です。
まずネーミングが素晴らしい。実況アナウンサーとして言いたくてたまらない技名です。しかし初めて見た時は、ただのエルボードロップじゃん! と思いました。…いや、そういうことではない。カメラ目線のあの顔、技に行く前になぜか相手を足でセットし直す仕草、ロープの勢いをつけたのに、なぜか相手の前で止まってからのエルボードロップ。
何度見ても興奮します。今すぐ検索してご覧になってみてください。
このようにロックのエピソードは山ほどありますが、今回は私がカナダで観戦した伝説の試合、レッスルマニア18での『ザ・ロックvsハルク・ホーガン』の秘話をお伝えしたいと思います。
2002年当時、ロックとホーガンはWWEの新旧の『ICON(象徴)』と呼ばれ、その対決は『ICON vs ICON』と宣伝されました。
ホーガンは、WWE初期のICON。彼のファンは『ハルカマニア』と呼ばれ、WWEを超えてアメリカのヒーローとなりました。その人気にかげりが見え始めた頃、ホーガンはライバル団体のWCWへ移籍。『nWo』で再ブレイクし、悪くてクールな"ハリウッド"ハルク・ホーガンとして復活します。
その黒のホーガンが、nWoのケビン・ナッシュとスコット・ホールを引き連れ、外敵としてWWEへ戻って来たのです。そして、当時のWWEの主役だったロックとの対戦が決定します。新旧スターによる世代闘争というわかりやすい構図でした。
レッスルマニア前のホーガンは悪の限りを尽くし、ロックの乗る救急車にトレーラーで突っ込むなどnWoが大暴走。映画か! ちなみにその救急車は、レッスルマニアウィークのファンイベント『アクセス』で展示され、私も間近でそれを見ました。
この時WWEが描いたのは、WWEを守ってきたロックがヒーローで、出戻りのホーガンが悪党というストーリーでした。
そして、忘れもしない2002年3月17日の『レッスルマニア18』。カナダ・トロントのスカイドーム。68000人の観客の1人として私も会場にいました。
あの時は、最初から会場内の空気が異様でした。
衝撃的だった「ロッキー・サックス」の大チャント
大会が始まる前から『ロッキー・サックス(ロックはクソ)!』の大チャント。売店の通路でも『ロッキー・サックス』と興奮気味に叫ぶユニバース(ファン)たちがたくさんいました。また、ホーガンTシャツを着ている私にハイタッチをしてくる人まで。ロックは試合もマイクも完璧なスーパースターでしたが、完璧過ぎたのか、ユニバースたちはストーリーを無視してレジェンドのホーガンを選んだのです。一体どうなってしまうんだろう?と、ドキドキしたことを覚えています。
大会が始まっても『ロッキー・サックス』の声があちこちから聞こえてきます。そして二人が姿を現すと、ロックへの大ブーイングとホーガンへの大歓声。もうロックは何をしてもブーイングでした。
さらに二人が睨み合った時の大歓声は、後にも先にも無いものでした。大観衆が一つになり、それがまるで生き物のように会場にうねりを起こして行くような感覚。横にいる友人の声も聞こえない。試合が始まっても歓声は鳴り止まず、たぶん10分くらい二人はそのままだったと思います。
完全に未体験ゾーンに入っていました。私は今、何を見せられているんだろうと、おかしな感覚になったことをはっきりと覚えています。
それでもロックはロックでした。逆に会場のブーイングを煽りながら、衰えの見えるホーガンを徹底的に攻め続けます。ホーガンも戸惑いつつ自分への歓声が起こるとダーティーなファイトで観衆をコントロールし、試合を作ります。
結果はロックの勝利。ストーリーを超えた、真のプロフェッショナルたちによる夢のような時間でした。
人生で一番の名勝負は? と聞かれたら、私は間違いなくあの試合と答えます。それは会場で感じた、あの特別な体験全てを含めたものです。
そして私は、翌年もその次の年も、レッスルマニアへ足を運ぶことになるのです。
ロックは、あの窮地を乗り越えたからこそ、今の地位があると思います。今でこそ余裕たっぷりのロックですが、ユニバースの本気のブーイングを浴びて必死に戦っていた時代があったのです。
今回、ロックがWWEに帰って来て、ユニバースがロックを拒絶する動きがありましたが、それはストーリー展開が急過ぎたのだと思います。『ロック vsレインズ』のストーリーをもっとじっくりやっていれば、ユニバースの反応も違っていたのではと思います。
事実、今回のSMACKDOWNでは、ブーイングより歓声の方が多かったように見えました。放送でも触れましたが、ロックはもう『善悪を超越したカリスマ』になっているのです。
対するコーディ・ローデスは、ロック全盛期にスターダストというキャラクターでアンダーカードを行ったり来たりしていました。その後WWEを離れ価値を高め、ファンを大切にするアメリカン・ナイトメアになってヒーロー像を確立しましたが、果たしてロックのスターパワーの前でオーラを保てるのか。ロックが来てから、あのローマン・レインズですら影が薄くなっているように見えます。
そう考えると、レッスルマニアでのユニバースの反応が気になります。もしかしたらあの時のように、コーディにブーイングが飛ぶこともあるのではないか。コーディがややヒーロー過ぎる気もするからです。くしくも、あの頃のホーガンのような立場になったロックですから、また逆転現象が起こるかもしれません。
『レッスルマニアには、魔物が棲んでいる』
22年前、あの場にいた私には、そんな予感がしてしまうのです。
文/塩野潤二
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