オウム真理教教祖、麻原彰晃こと松本智津夫元死刑囚の遺骨などをめぐり、次女が引き渡しを求めていた裁判で、東京地裁は次女の訴えを認め、国に対し引き渡しを命じた。遺骨や遺髪は国が管理しており、裁判で国側は「国の管理を離れれば公共の安全や社会の秩序が乱される可能性が高い」と主張し、今回の判決を不服として控訴した。
死者14人、6000人以上が重軽傷を負った地下鉄サリン事件は、20日に発生から29年を迎えた。警視庁はオウム真理教への強制捜査を開始し、麻原元死刑囚ら幹部を逮捕。その後、坂本弁護士一家殺害事件や松本サリン事件など、教団による凶悪事件が明らかになった。
麻原元死刑囚は2018年7月に死刑執行されたが、オウム真理教の後継団体は今も存在し、公安調査庁も監視体制を崩していない。影響はどれだけ残っているのか。『ABEMA Prime』では、内部を取材しドキュメンタリー映画を制作した森達也監督と考えた。
■国の遺骨引き渡し拒否は「前代未聞だ」
国は遺骨引き渡しを拒否する理由として、オウム後継団体や信者間で奪い合いが発生する、麻原元死刑囚の教義が助長されて重大犯罪に繋がる、後継団体の新規信者や資金獲得に悪用される、遺骨のある場所が聖地化して地域住民や社会に不安を生じさせる、といった危険性を主張している。
森氏は「死刑囚も人権を持っている。遺族が遺骨を求めているのに渡さないのは前代未聞だ」と指摘する。「国の主張にピンとこない。麻原の死後、その存在がどう危険性を及ぼすのか証明されていない状況で、不安や恐怖をあおるだけに見える」。
また、問題の根本として、「幹部は本気で世界を救済するつもりで、教祖の指示に従った。では麻原は一体何を考えていたのか? 地下鉄サリン事件が起きた1995年はオウムの絶頂期。なぜ人生のピークに彼はサリンをまいたのか、裁判でも明らかになっていない」とし、「彼は完全に心神喪失状態だったと、僕は考えている。治すべきだったが治さず、裁判所は死刑を求める世論に応えてしまった」と考察した。
オウム暴走の要因には、「集団心理のメカニズム」と「宗教が抱え込むリスク」があるという。「集団の中で互いに忖度しあい、大きな間違いを犯してしまう。これはオウムだけでなく普遍的なことだ。もう1つは、宗教の負のメカニズムとして、生と死の価値観を転換してしまうこと。本気で『この人を殺して、良い世界へ転生させてあげる』と思っていた幹部もいる。これらが悪いほうに重なってしまった」。
■オウム真理教めぐる「メディア」の責任は
作家でジャーナリストの佐々木俊尚氏は「メディアの影響が大きい」と指摘する。「1990年代はオカルトブーム。冷戦後の新しい物語として、荒唐無稽なオカルトが受容される土壌があった。そこを後押ししたのはメディアだが、オウム研究ではマスコミの影響が語られていない。研究発表はマスコミ上で行われるので、自分自身のことは研究しない」。
事件直前まで、マスコミは「オウムを引っ張りだこ」にしていたと振り返る。「バラエティ番組にバンバン出て、ある種の人気者だった中、衆議院選挙で全員落選する。世間からの注目との落差がひずみとなって、事件につながったとの分析もある。マスコミが持ち上げて、転落したらたたく、ありがちな構図にはめられた部分はあるのでは」。加えて、「地下鉄サリン事件の2日後に、警視庁は強制捜査に入る予定だった。それを知っていたのは、警視庁幹部と記者クラブの一部記者のみ。事前にオウムが知っていたのは、マスコミ経由で漏れたからではないか」とも推測する。
森氏は「当時のメディアは、“凶暴・凶悪で冷酷な殺人集団”か、“洗脳されて理性や感情を失った危険な集団”、どちらかのレトリックでオウムを伝えていた」と語る。一方で「取材で通算3年ほど施設にいて、一人ひとりの信者は善良で純粋」との感想を抱いたそうだ。「なぜ彼らが凶悪事件を起こしたのかを考えず、社会はそれを拒否した。危険な存在がいると安心できない。わからないままの不安と恐怖が続き、“危険な異物”を排除したい気持ちが高まった。この影響は現在進行形で続いている」。
オウム真理教そのものは解散命令が出され、現在は存在しない。しかし後継とされる3団体が、いまも公安調査庁の監視対象となっている。主流派の「Aleph(アレフ)」は麻原元死刑囚への絶対的な帰依を維持し、子ども向けの教材で未成年への指導もしている。主流派から分派した「山田らの集団」は、Alephとは距離を取りつつ、麻原元死刑囚への絶対的な帰依を示す。上祐派の「ひかりの輪」は、表向きはオウムとの違いを装う。3団体合計で、構成員はロシアを含めて約1650人、施設は15都道府県に30カ所の規模となっている。
森氏は「セキュリティ感度の高まりが、集団化を生んだ。同質でまとまりたい気持ちが強まり、異物の排除や阻害につながった。集団化が進むと、強い指導者が欲しくなる。プーチンやトランプの支持率が上がるのは、世界中で集団化が進んでいるからだ」と指摘する。こうした傾向は2001年以降に世界へ広がったとして、「日本は世界に先駆けて、集団化が始まった。そのきっかけであるオウムは、きちんと解明すべきだ」と語った。(『ABEMA Prime』より)
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