昨年10月、SNSの総フォロワー数が世界で10億人を超えるアメリカが誇る世界最高峰のスポーツエンターテイメントであるWWEのメイン大会RAWとSMACKDOWNの放送が日本で開始された。さらに今年1月に行われたロイヤルランブル以降は、放送席の陣容を一新。自他ともに認める“WWEウォッチャー”の清野茂樹アナウンサーらが加わった。
そんな清野アナが、自らの実況回ごとにWWEの魅力や楽しみ方を振り返る連載コラム。第8回目のキーワードは「悪役レスラーを伝える」。WWEで目下、“ヒール=悪役”としてトップを走る日本人女子レスラー3人に見る、プロレス実況で悪役レスラーを伝える醍醐味、難しさとは?
WWE女子戦線でベルトを独占するイヨ、ASUKA、カイリの快挙
WWEには、女子部門が存在します。かつて女子の試合は男子の中に箸休めのように組み込まれる程度でしたが、現在は在籍人数の差こそあれ、男子との違いはほとんどありません。そんな女子部門で今、イヨ・スカイ、ASUKA、カイリ・セインという3人の日本人スーパースターが活躍しています。
しかも、3人ともが今、チャンピオンベルトを保持して、トップに君臨しているのです。世界最大のプロレス団体のシングルとタッグの両方を日本人が占め、毎週のように中継に登場するなんて、昔なら絶対に考えられませんでした。この事実はもっと多くの人に知ってもらいたい快挙です。
MLBの大谷翔平に代表されるように、日本人選手が海外の試合に出場する場合、日本のメディアは応援的立場を取るのが一般的です。しかし、実況も彼女たちの試合を応援する形でいいものか。なぜなら、3人はストーリーの中で、ダメージCTRLというヒール(悪玉)ユニットに所属しているからです。
前回SMACKDOWNの試合を例に挙げましょう。WWE女子王者のイヨ・スカイは、ナオミとシングルマッチで対戦。入場前のバックステージで次期挑戦者のベイリーを襲撃したうえ、ASUKAとカイリ・セイン、ダコタ・カイという仲間の手助けを借りて勝利を収めると、救出に入ったビアンカ・ベレアまでを4人がかりで袋叩きにしてしまいました。反則を使って息巻く彼女たちに対して、ウィスコンシン州ミルウォーキーの観客からブーイングが巻き起こったのは言うまでもありません。
日本人の活躍を応援したいが…卑怯な手段を賞賛できない“難しさ”
プロレスには必ず、ベビーフェイス(善玉)とヒール(悪玉)という対立構図があります。WWEでは単に試合で勝った、負けた、の勝負ではなく、観客の心をいかに動かせるかがスーパースターの価値を決めると言っていいでしょう。つまり、ヒールはどれだけ観客から憎まれ、炎上させられるかが腕の見せどころ。そして、視聴者が感情移入しやすいよう、善悪の色を鮮明に伝えるのは実況アナウンサーの大事な仕事なのです。
日本のプロレス団体を実況するとき、ヒールの反則に対して「こんな行為はいけません!」「許されない蛮行です!」と私は非難する口調で伝え、視聴者にフラストレーションが溜まるよう誘導しています。ところが、WWEで日本人スーパースターの反則に対しては同じようにはいきません。日本の視聴者の多くは彼女たちの味方でしょうから、非難の感情のみで伝えるのは違和感があります。むしろ、厳しい生存競争を勝ち抜いて活躍する姿を応援したい。だからと言って、ヒールとしての卑怯な手段を賞賛するわけにもいかず、なんとも言い方が難しいところです。
さて、この日のSMACKDOWNで最も大きなブーイングを浴びたのは、ドミニク・ミステリオだったと思います。父であるレイ・ミステリオの復帰戦にマスクを被って姿を見せると、試合に介入して対戦相手の勝利をアシストしました。人気者ミステリオと敵対する不良息子は今、WWEで最も観客の反感を買うヒールとして定着していますが、元々はベビーフェイスだったという過去も効いています。
そして、反対にヒールがベビーフェイスに変わることも珍しくありません。これをアメリカでは「フェイスターン」と呼び、それまで憎まれていた反動から多くの支持を集めます。ダメージCTRLを追放されたベイリーがまさに当てはまるわけで、来たるレッスルマニアでは、きっと大歓声を集めるでしょう。となると、対戦相手のイヨ・スカイは、どれだけ憎まれるかが勝負。今、SMACKDOWNで蒔いている反則の種が芽を出し、祭典の舞台で花を咲かせることができるでしょうか。8万人規模の大会場がブーイングに包まれる光景に期待しながら、どういう立場で実況するかを考えています。
文/清野茂樹
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