アメリカ映画界最高の栄誉とされる「アカデミー賞」。ひと際注目を集めたのが、最多13部門にノミネートされ、作品賞や監督賞など7部門を受賞した『オッペンハイマー』だ。第2次世界大戦下を生きた理論物理学者の栄光と没落の生涯を描いた作品で、去年7月に全米で公開されて以降、世界的大ヒットとなった。
ただ、日本では物議も醸している。オッペンハイマーは“原爆の父”と呼ばれる、世界で初めて原子爆弾の開発に成功した学者だからだ。映画では広島、長崎への原爆投下の惨状は描かれておらず、Xには「日本人としては複雑な気持ち」という声もあがる。全国で29日に公開されたが、『ABEMA Prime』では“後継者”の物理学者に感想と作品の意義について聞いた。
カリフォルニア大学バークレー校教授の野村泰紀氏は、オッペンハイマーが設立したバークレー理論物理学センター長を務めている。『オッペンハイマー』を現地で視聴、映画公開イベントにも出演しており、感想を次のように語る。
「クリストファー・ノーラン監督の時系列をいじる特色がすごく出ている。これは物理学での映画ではない。当時のアメリカがなぜ原爆開発に突き進み、彼がどう苦悩したのか、そしてその後政治的に迫害されるという、政治や人間を描いたストーリーだ。原爆を礼賛しているわけでも、アメリカの考えをポジティブに受け止めろというわけでもないので、賛否があるからと蓋をするのは違うと思う」
オッペンハイマーは晩年、「世界はもう元には戻らない。ヒンドゥー教の経典の一節を思い出した。今、私は死神となり、世界の破壊者になった」という言葉を残しているが、そうした心理は描かれているのか。
「ほとんどそれだ。政治ドラマと彼の苦悩、そして高揚感。原爆は当時存在せず、海のものとも山のものともわからないもの。できっこないかもしれないところに巨額の金をつぎ込んでいく中での、最初にできた時の彼の高揚感は非常によくわかる」
では、世間に与えるイメージを変えるような内容だと感じるか。
「本当に忠実かは別として、史実にあるようなオッペンハイマー像。キリアン・マーフィーの見た目も演技もすごい、本人のようだ。エピソードや絵柄で凝っている部分はあるかもしれないが、全然違うものには作り替えていない」
野村氏は同作を見るべき理由として、「アメリカの考え方がよくわかること」をあげている。
「今は爆発的な計算力を持つ量子コンピュータの開発にものすごくしのぎを削っている。現在の暗号技術などは簡単に敗れてしまうわけだが、それを先に手にしたいと、当時の原子学物理でやっていたことと同じ構図だ。そういうメンタリティを見るのもこの映画の一つのポイントだと思う」
(『ABEMA Prime』より)
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