昨年10月、SNSの総フォロワー数が世界で10億人を超えるアメリカが誇る世界最高峰のスポーツエンターテイメントであるWWEのメイン大会「RAW」と「SMACKDOWN」の放送が日本で開始された。さらに先月27日(日本時間28日)に行われた「ロイヤルランブル」以降は、放送席の陣容を一新。自他ともに認める“WWEフリーク”の塩野潤二アナウンサーらが加わった。そんな塩野アナが、自らの実況回ごとにWWEの魅力や楽しみ方を振り返る連載コラム。一大イベントである「レッスルマニア」DAY1の実況を終え、胸に去来した熱い思いと、20年越しに叶えた夢とは――。
■『明日、これを超える試合できるの?』レッスルマニアDAY2に膨らむ期待
『言葉が出ない』。アナウンサーとして失格ですが、それが『レッスルマニア40 DAY1』の正直な感想です。
WWEは画が強いので、私は常に、実況に『余白』を作るよう心がけています。あまり喋り過ぎると、時に映像の邪魔になるからです。それでも、つい夢中に喋り過ぎたり、適切な言葉が出ないような異次元の試合が今回は連発しました。つまり、素で興奮してしまったのです。
ベッキーに容赦なく吹きつけた『時代の風』・ラダー・マッチでミズ&トゥルースが勝った時の『多幸感』・ジェイド・カーギルの『嵐』・ウーソvsウーソの『切なさ』。
あらゆる感情が72,534人のスタジアム内に渦巻きました。
中でも秀逸な出来だったのは、セミファイナルのグンターvsサミ・ゼインのIC王座戦と、メインイベントの『史上最大のタッグマッチ』・コーディ&ロリンズvsレインズ&ロックでした。
グンターvsゼインのIC王座戦は、一言で感動的な試合でした。まず、サミの入場が最初の興奮ポイントでした。決戦に向かうサミの様子をバックステージからカメラが追いかけます。
そこにまず現れたのは、チャド・ゲーブル。ゲーブルは、IC王座挑戦者決定戦でサミに敗れたものの、打倒・グンターをサミに託し、コーチ役を買って出た熱い男です。ゲーブルは『俺は行かない。キミは一人でやったじゃないか』と声をかけます。味のあるゲーブル氏、泣かせます。
さらにバックステージを進むと、サミの家族たちが最後の激励。息子の無邪気さが涙を誘います。そして、バックステージの一番奥には、盟友・ケビン・オーエンズが。無言で抱き合い、オーエンズがサミに気合いを入れます。この二人は、共にインディ・マットからレッスルマニアのメインまで登り詰めた叩き上げ。今は別ブランドで関係ないのに…。そんな家族や盟友、みんなの気持ちを背負って、サミが花道に飛び出して行きます。
『さあ、ゆけ!サミ・ゼイン!』
私の思わず出た言葉が、これでした。試合は予想通り、グンターの猛攻が続き、サミは苦戦を強いられます。しかし試合終盤、サミが僅かな隙をついて逆襲に転じると、コーナーポストへの垂直落下式ブレーンバスター・通称『Brainbustaaahhh!!!』を解禁したのです。エル・ジェネリコというマスクマン時代に使用していた、非常に危険な技です。
試合数の多いWWEは、怪我を防ぐ為にあまりに危険な技を禁止しています。でもそれを出した。レッスルマニアだからだけではなく、屈強でジャパニーズスタイルにも精通しているグンターだからこそ、『ヤツなら大丈夫』と出したのでしょう。その見えない信頼関係にもグッと来ました。奥の手もあってサミが大逆転勝利。皇帝のIC王座最長保持記録はついにストップしました。
グンターにしがみつきながら勝ち、ボロボロになってベルトを掲げる姿は、サミ・ゼインというスーパースター全てを表していました。同じヒーローでも、コーディ・ローデスのようなエリートではない。等身大のヒーローがサミ・ゼイン。
今年、殿堂入りしたポール・ヘイマンは、そのスピーチでこう言いました。『夢を追いなさい。何度も失敗しなさい。100回失敗しても101回目で成功すればいい』と。サミは、私たちにそれを教えてくれます。諦めない男はいつだってカッコいい。自分の子供にも見せたい試合でした。
そして、メインのコーディ・ローデス&セス・ロリンズvsローマン・レインズ&ザ・ロック。試合終了直後の感想としては、『明日、これを超える試合できるの?』と思ってしまうほどの名勝負でした。
注目されていた8年ぶりの試合となる51歳のザ・ロックは、さすがの一言。この人はいつだってユニバース(ファン)を裏切りません。全盛期のようなピチピチしたロックではありませんでしたが、重厚で悪い、大人のザ・ロックという感じでした。
試合は、それぞれの必殺技でも決まらない、レッスルマニアならではの怒涛の展開に。この時間が終わらないでくれ!もっとやってくれ!と思ったのは、私だけではないはずです。
終盤、コーディを狙ったレインズのスピアをセスが救い、ロックに誤爆! ブラッドラインが仲間割れか!?ユニバースが色めき立ちます。みんなの心のどこかに、ロックとレインズは仲間割れするのではないかという予感があったのではないでしょうか。
そんな疑念が広がる中、試合は、クライマックスへと向かっていきます。コーディが、アナウンステーブルへ掟破りの逆ロックボトム!レインズは、バリケード破壊のスピア! 会場はレッド・ゾーンに突入します。
最後はロックが、カメラ目線から首を掻っ切るポーズ。ズル過ぎるカッコ良さ、からのピープルズ・エルボーで、明日の『ブラッドライン・ルール』適用を決める勝利を収めました。去年と同じように、敗れたコーディがリングに座り込むラストシーンも含め完璧な試合でした。これを見たら、明日のDAY2が必見なのは言うまでもありません。
最後に私ごとで恐縮ですが、私はロックの試合とピープルズ・エルボーを実況するのが夢でした。ロック全盛期のコメンテーター・ジェリー"ザ・キング"ローラーの生み出した名フレーズ・『スポーツエンターテインメント界一シビれる技・ピープルズ・エルボー!!!』と、敬意を持って言わせて頂きました。
初めてなのでタイミングはやや遅れましたが、私のささやかな夢が叶いました。約20年前、レッスルマニアの観客の一人だった自分に『20年後のレッスルマニアでロックのピープルズ・エルボーを実況するんだよ』と言ったら腰を抜かすでしょう。
レッスルマニアは何だって起こる。どんな夢もここでは叶う。そんな魔法に魅了されたレッスルマニアDAY1でした。
文/塩野潤二