白石和彌監督が草彅剛とタッグを組み、時代劇に初挑戦。古典落語の演目「柳田格之進」を基に、冤罪事件によって娘と引き裂かれた男が武士の誇りをかけて復讐に挑む物語『碁盤斬り』が5月17日(金)より公開される。
『凪待ち』(19)で主演を務めた香取慎吾との会話の中で、草彅に興味を持ったという白石監督。香取と仕事をするまでは、二人に対し「存在自体がスターすぎて実感がなかった」と正直に明かすが、結果には「出来上がってみると他のキャストは思いつかないくらいハマっていた」と手応え。俳優・草彅剛の面白さ、香取との共通点、そして初の時代劇というチャレンジの中で得た気づきを語ってもらった。
不条理が多い時代劇に白石和彌監督の作風がマッチ「名もなき人たちの悲哀を描きたい」
――白石監督にとって初の時代劇ですが、以前から興味はあったのですか?
白石和彌監督(以下、白石監督):助監督時代から時代劇に興味がありました。日本映画は時代劇と共に発展しているので、監督になった以上どこかでチャレンジしたいと考えていました。
――なぜ落語「柳田格之進」をベースとした映画にすることになったのでしょうか?
白石監督:脚本家の加藤(正人)さんと『凪待ち』でご一緒したときに、加藤さんが囲碁ファンなんですが「柳田格之進をやりたい」と言い出して、書き始めて。加藤さんと付き合いのある監督さんはたくさんいる中で、なぜか「白石くん読んで」と声をかけてくださって。読んだら面白かったし、囲碁は難しいだろうなと思ったんですけど、チャレンジしがいのある作品だと感じました。
――囲碁について全くの素人ですが、難しいと感じなかったです。
白石監督:そう感じてもらえるように超頑張りました(笑)。
――時代劇にある現代劇とは違う面白さはどんなところでしょうか?
白石監督:時代劇ならではの決まり事があるんですけど、それを壊す楽しさもある。
あと、現代劇に比べて、人間関係がシンプルですよね。スマホもないし。そういうことが純粋な物語を紡ぎやすい。
『碁盤斬り』をやってからは、自分で企画を考えても時代劇のことばかり考えてしまう。
今回、京都で撮影して、今の日本で時代劇を撮るってどういうことなんだろうと思っていたんですけど、実際にやってみると面白さしか感じない。あと、何を撮っても古くなる、昭和感が出てしまうという自分の特性があるんですけれど、昭和どころじゃなかったなって今回気づきました(笑)。
時代劇は不条理が多いんですよね。封建制だし、ちょっと疑われたら腹を切らなきゃいけない。これまで僕は不条理を描いてきたので、時代劇は食い合わせがよかった。
――元から歴史にも興味があったのでしょうか?
白石監督:興味はあるけれど、そこまでではなかったんです。『碁盤斬り』の格之進もそうなんですけど、結局描きたいのは、織田信長とかではなく、名もなき人たち。そういう人たちを撮りたい。有名人が出たとしても、歴史の大きな波に翻弄されるとかはいいんですけれど、
名もなき人たちの悲哀を描きたい。そういう意味では『碁盤斬り』も名もなき人たちの話なんです。
最短ルートで正解に行き着く草彅剛「スイッチの入り方がすごい」
――主人公の柳田格之進というキャラクターが草彅剛さんにぴったりで、キャラクターの厚みを感じました。映画にするとなったときから草彅さんにと決めていたのですか?
白石監督:全然決まってなかったです。草彅さんがどうやら時代劇をやりたがっているという噂を聞いて、「本当に?草彅さんなら格之進ピッタリかも」と思い、実際に投げてみたら、「やりたいです」とおっしゃってくださって。出来上がってみると他のキャストは思いつかないくらいハマっていました。
――草彅さんとお仕事したいという思いはいつから?
白石監督:香取さんとお仕事一緒にしてからじゃないかな。最初は「SMAP」という存在自体がスターすぎて実感がなかったです。僕らはインディーズから出てきている人間なので、そんなメジャーな方とお仕事できると思っていなかった。でも、香取さんと一緒に作ってお話をする中で、草彅さんもすごい方なんだなと知り、「ワンチャンあるかも」と思えるようになりました(笑)。
――『凪待ち』のときに、香取さんから草彅さんの噂話を聞いたのでしょうか?
白石監督:ご飯を食べているときに、「どうなんですか?」と聞いてみたり、いろんな話をしました。また、香取さんってお話が面白いんです。ちょっとした小話もエンタメに昇華して話してくれる。
――香取さんは草彅さんのことをどのように紹介していましたか?
白石監督:最初は、草彅さんは役に対する向き合い方がストイックすぎて、何度も台本を読み直して、わからないところは付箋引いて、監督や脚本家と納得いくまで話し合うっていう完璧主義者という風に聞いていたんです。やばい…仕事をお願いしてしまった…と思って、全部答えを用意できるかなと不安だったんですけど、蓋を開けてみると全然そんなことなかったです。
草彅さんは「昔はそうだったけど、今はもうそういうのやめたの〜!」って言ってました。「そこから自然体になって、脚本も1、2回しか読まないしさ〜!」って。それもそれで極端だな…とか思いつつ(笑)。
――ライターとしては、香取さんも草彅さんもメディアをわかっているというか、助かるお話をたくさんしてくださる頭のいい方だなと感じます。白石監督から見て、お二人の共通点はどんなところだと思いますか?
白石監督:切り替えですね。本番に入ってからのスイッチの入り方がすごい。
「こういう質問がありますので」って進行説明をされている時も、草彅さんは聞いてるのか、聞いてないのか、どっちなんだろうという感じなんですけど、いざやってみるとできているんです。どこでそれ作っているんだろう?と毎回思います。そういうところが共通してます。
でも、エキセントリックなのは草彅さんですね。こういう取材の場でも、急に今日はいてきたブーツの話をしたりしてくれます(笑)。「これ監督にいいな〜!監督も買いなよ〜!」みたいな(笑)。
――そういう俳優さんはやはり珍しいですか?
白石監督:珍しいです。あの自由さはなかなかない(笑)。
でも、不思議なのが、そういう話をしながらも、結果いい宣伝になってるんですよね。
――プロの仕事ですね!実際に草彅さんのお芝居を生で見てどうでした?
白石監督:取り組み方はびっくりしたけど、入ってみると、「それが正解なんだな」というのに、最短のルートで行き着く人でした。普通寄り道したりする。演出する僕もそうで、探りながらなんですけど、それがない。早い。でも決めたことだけをやるのかというとそうでもない。例えば僕が「こういうことですかね?」って提案しても、軌道修正が早いんです。
加藤さんの脚本のおかげもあったのだと思います。俳優部に迷いを与えない脚本だったというか。
――草彅さんがご自身のYouTubeチャンネルで、『碁盤斬り』の撮影中のエピソードを話されてまして、時代劇ならではの台詞に苦労したとおっしゃっていたのですが、現場では感じなかったですか?
白石監督:感じなかったです。加藤さんが時代劇にしては、現代語っぽい言い回しにしてくださっていたというのもあります。
瓏々と語る長回しのシーンがあって、数日前から「そこをワンカットで撮影したい」と本人に伝えていて、当日も伝えていたんですけど、直前になって「やばい!忘れてた」ってなってたんですけど(笑)、2回目くらいからミスがない。
演出側としてはすごく楽でした。お芝居で苦戦する感じはなかったです。
――草彅さんのお芝居で印象に残ったシーンはありますか?
白石監督:仇を探して旅に出るじゃないですか。なんでもないけど髭面になって歩いている野武士の感じはかっこいいなと思いました。「このキャラクターにあってるのかな」とかそういう目線で普段見てしまって余裕がないので、普段はあまり出演者に対してかっこいいと思わないんですけど、今回はかっこよさに惚れ惚れしながら見ていました。
草彅剛、再タッグにミュージカルをおねだり?「監督がどうしてもって言うなら、俺やるよ〜!」
――草彅さんの芝居には語るものがあって、画力がありますよね。草彅さんの存在は周りの共演者の方にも影響があったのでしょうか?
白石監督:あったと思います!やっぱり草彅さんを見て、自分はどういうお芝居をしようか練るはずだから。絶対に影響を受けていると思います。
――今回、清原果耶さんや中川大志さんなど、白石監督の映画にしては新鮮な顔ぶれもありましたね。お二人の起用はどのように決まったのでしょうか?
白石監督:お二人とも、とても興味があったんです。中川くんはSABUさんの映画を見たらすごく良くて。清原さんも朝ドラとか観ていて良くて。二人とも若いのにしっかりしている感じがした。『碁盤斬り』には若干恋の話のシーンがあるので、しっかりした感じがないとどう撮っていいかわからないんですよ(笑)。二人の幸せなシーンとかあるから…。幸せシーンって基本的に興味ないので、しっかりした人にやってもらわないと成立しないんですよ(笑)。
――(笑)清原さんがやるとキャラクターに深みが出ますね。ただの娘役じゃないぞという。
白石監督:凛としてるんだよな〜。現場でも一番大人だったかもしれないです。
――中川さんは白石組への参加を熱望していたそうですね。
白石監督:嬉しいことです。初めてお会いしたときにそう言ってくれてありがとうという感じでした。
かっこよく撮ってあげたいと思いました。
やっぱり映画は周りのキャストが輝けば、主役も輝く。主役が輝いているシーン以外が、どんなものになるかが重要なんです。
また全員と仕事したいなと思える現場になりました。
――また草彅さんとお仕事したいという気持ちも湧きましたか?
白石監督:もちろん!香取さんともしたいですね。
――それは構想とかあったりしますか?
白石監督:さっき、市村さんと草彅さんと話しているときに、市村さんが「剛くんもミュージカルいいんじゃない?」って言っていて、草彅さんが「白石監督がやるんだったらやってもいいかな〜!」って言っていて、まじか…急に…っていう(笑)。「監督がどうしてもって言うなら、俺やるよ〜!」って軽く言っていましたけど(笑)。
――では時代劇ミュージカル決定ですね!最後に、本作のおすすめポイントをお願いします。
白石監督:『碁盤斬り』、時代劇ですけれど、極めて現代的な話です。真っ直ぐ、清廉潔白に生きると、「水清ければ魚棲まず」じゃないですけど、生きづらい世の中になっていくという。どうやって生き方を変えて生きていくのかというテーマがある。エンタメなのでそこまで考えなくていいんですけど、そこまで考えて観ていただくと、より映画の深さが伝わる気がしています。
あと、舞台挨拶でも言っていたんですけど、國村隼さん目線で見ると完全に「おっさんずラブ」です。草彅さんに片想いしている。隙あらば囲碁を打とうとする。完全に片想いしているおじさんの姿が描かれています(笑)。
――(笑)確かに。新しい視点です!本日は楽しいお話ありがとうございました!
取材・文:堤茜子
写真:You Ishii
(c)2024「碁盤斬り」製作委員会