「エイズ(AIDS)はもはや“死の病”ではない」
そう語るのは南アフリカやドイツなど“エイズの現場”を取材した朝日新聞編集委員、宮地ゆう氏だ。
日進月歩の医学はエイズ(AIDS)に抗う術を持っているのか? 以前の日本のように強い偏見に苦しんでいる人はいないのか? 宮地氏と共に考えた。
エイズとは、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)に感染することによって免疫力が低下して発症する病気だが、増殖の抑制はできても「HIVを体内から完全に排除できる治療法はない」とされてきた。
そんな中、世界から注目を集める人物がいる。
長い髭を蓄え、眼鏡をかけた男性。ドイツ・デュッセルドルフに住むマーク・フランケさん(55歳)。彼がHIVに感染したのは2008年のことだった。そして3年後、急性骨髄性白血病を発症。HIV感染によりかかりやすい病で、命の危険にさらされたがCCR5という遺伝子の変異によりHIVに耐性のある骨髄幹細胞を移植したところ、現在はHIVが検出できないレベルまで寛解したというのだ。
この新しい治療法を試みたのはまだ世界で7人だという。マークさんは“治った”と言えるのか?
宮地氏は「医者からすると『治ったとは言えない』状態だ。なぜなら、今彼は骨髄移植を受けてウイルスが検出されない状態にあるものの、もしかしたら体のどこかにウイルスがいるかもしれず、ただ単に検査上見えていないだけかもしれないからだ。とはいえ彼は薬を飲むことなく日常生活を送れている。様々な後遺症もあるというが、それは白血病治療時の化学療法によるものかもしれない」と説明した。
◼︎「若い女性が男性の3倍感染」感染拡大の根底にある“年上男性からの感染”
ここまでは最新の治療法を見てきたが、次は毎年約130万人という新規感染者に目を向ける。
感染者が特に多いのは南アフリカで、国民の約12%にあたる約770万人が罹患している。南アフリカ・エイズ研究プログラムセンター サリムさんの研究・調査(2017年)によると、25歳以下のHIVの感染率は男性が7.6%に対し、女性は22.3%と約3倍の差がある。
なぜこれほどの差があるのか?
宮地氏は「研究によると、年上の男性が若い女性と交際をしてHIVをうつしてしまう。さらに同じ男性が自分と同世代の女性とも性交渉を行なって様々な世代に広げてしまったことが要因だという。若い女性は “自分よりお金や地位を持っている人”との関係を望むと言われ、賃金や失業率の差という社会構造も背景にある」と説明した。
◼︎スティグマ(烙印)とは?
新規感染に加えて大きな問題になっているのが「差別・偏見」「スティグマ(烙印)」だ。
現状について宮地氏は「例えば『同性愛者はみんなエイズ』『一緒のものを食べたらうつる』『キスだけで感染する』『性に奔放な人がかかる病気』などの間違った情報がいまだにSNS上に広がっている。さらに、問題なのがスティグマだ。烙印という意味だが、特定の属性を持った個人や集団に対して張っているネガティブなレッテルのことを指す」と説明。
そんなスティグマに立ち向かったのが南アフリカ出身のビュイセカ・ドュブラさん(45歳)だ。ドュブラさんはHIVに感染したが症状に加えて差別も受け、医療機関に受診を拒まれたことさえもあったという。
しかし彼女は諦めなかった。多くの医者・医療機関を訪ね、知識を蓄えてグループを作り、製薬会社に先進国よりも安く薬を卸させる運動を広げてきた。
差別や偏見、スティグマについて宮地氏は「まず、『病気になった時に医療を受ける権利は、人種や職業は全く関係なく当然誰もが有している』という基本に立ち返ることが重要だ。また、知識がないことが差別などにつながってしまうため、エイズの現状について、これからも広く訴えていくことが大切だ」と述べた。
(朝日新聞/ABEMA)