■戦争でもないのに出された「非常戒厳」

韓国の国会議事堂前
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 韓国が1987年に民主化されて以来、初めて発令された非常戒厳。国会周辺を大騒動に巻き込んだが、その国会内では定数300人のうち190人の議員が集結、全会一致で非常戒厳の解除要求決議を可決、わずか6時間で解除となった。当初は北朝鮮と戦争が始まったのかといった憶測も流され、世界に緊張が走った韓国の「非常戒厳」はなぜ発令されたのか。龍谷大学教授の李相哲氏は、現在の韓国情勢から説明した。「今、韓国国会は野党が多数を占めていて、尹大統領がやろうとすることを、ことごとく否定して手足を縛っている。閣僚の中で頑張っている人を、国会で弾劾して職務停止に追い込んで、既に22件の弾劾がある。また、野党代表の李在明氏が5つの裁判にかけられているが、これを捜査したソウル地検長の人、検事の3人も今、弾劾するつもりでいる。今回、おそらく尹大統領が一番戒厳をしなければならなかった理由は予算案だ。予算案は与野党が合意して、政府の意向を反映するのが普通だが、今回は与党を排除し、大統領府が要求する予算をことごとく否定している。大統領府が使うお金や、検察の特別稼働費をゼロにした。大統領が何もできないことが、このままズルズルと3年続くことを考えれば、今手を打たなければいけないという切迫感があって、戒厳をひいた」と、尹大統領が追い込まれていた状況を述べた。

 では、なぜ非常戒厳によって、軍政に変わることが尹大統領の意向を通すことにつながるのか。「大統領が戒厳をしくと、戒厳司令部が作られる。そうすると軍が司法権、行政権、立法権全てを掌握する。今回の主な目的は国会解散にあった。なので軍を送ったのも国会だけだった。国会が大統領府と対立して仕事が進まないので、国会を解散しなければならなかった。韓国の現在の法律では、国会議員というのは1回当選すれば4年はクビにできないからだ。非常事態であれば、軍は国会を開催できる」。

 野党が過半数を占める“ねじれ国会”では、与党や大統領府の政策は一向に前に進まない。そんな国会であれば非常戒厳を用いて解散する、という強硬手段。“逆クーデター”とも言えるものだが、事前の根回し不足もあったのか、国会に集まった190人の議員には与党議員も含まれ、深夜に解除要求決議を可決。大混乱を招いた非常戒厳は、たった6時間で終わり、尹大統領からすれば失敗に終わった形だ。

■非常戒厳、発令直後の国会周辺では何が
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