震災後の宮城県石巻市
2011年3月11日、東日本大震災で大津波が押し寄せ、被災した全国の自治体の中で最も多い約4000人が犠牲になった宮城県石巻市。なぜこれほど多くの人が逃げ遅れてしまったのか。
震災伝承団体が、生き残った住民約100人に当時の避難行動の調査を実施すると、多くの住民に共通する危険な避難行動が浮かび上がってきた。13年経った今、命を守る避難行動を考えた。
宮城県石巻市の南浜門脇地区は、住宅が肩を並べるように軒を連ね、約1800世帯、4500人の営みがあった。しかし、高さ7メートルを超える津波がのみ込み、死者・行方不明者は人口の1割以上にも上る545人と甚大な被害をもたらした。