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危険運転致死傷罪をめぐる問題

 2006年8月25日、悲惨な飲酒事故が起きた。福岡市東区の「海の中道大橋」で、乗用車に追突されたRV車が海に転落し、子ども3人が死亡したのだ。

(当時を振り返って)郁美さん「よりにもよって市の職員、公務員が、飲酒運転をしてひき逃げをして、大量の水をがぶ飲みして、お酒の数値をごまかそうとした」

 2007年、署名呼びかける郁美さん「飲酒ドライバーが事故を起こしても、怖くなって逃げた、逃げてしまうことによって、刑罰が軽く済まされてしまっている、そのような現実があります。飲酒ひき逃げ犯に対して、もっと厳しい罰が言い渡されるよう、法律の見直しを求めて、署名をお願いしています」

 遺族と共に会見に臨む郁美さん「危険運転致死傷罪の持つハードルの高さというものが、被害者遺族の前に立ちふさがって、どんなに被害者たちが危険運転致死傷罪の適用を求めても検察で断念されてしまったり、裁判の方でそのような判決が出なかったりということで打ちのめされてきました。この法律が出来ただけで喜ぶのではなく、使われ方というものをずっと見守っていかなければいけない」

札幌 ビーチ近くのひき逃げ事件

 2014年7月、札幌のビーチに通じる市道で道路の左端を歩いていた女性4人を飲酒運転の車が次々とはね、そのまま現場から走り去った。ビーチで大量に酒を飲んでいた運転手の男は事故直前スマートフォンを見ていたと供述している。

郁美さん「4人の女性を次々はねていて、うち3人も亡くなってしまっていて、そんな状態でよく何キロも先まで普通に止まることもなく、何事もなかったかのようにコンビニで買い物までして、そんな事件がまさか過失運転で最初起訴されるとは思っていなくて」

 札幌地検は当初、男を危険運転致死傷罪(最高で懲役20年)ではなく、「過失運転致死傷罪」(最高で懲役7年)で起訴した。
 

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 危険運転致死傷罪の適用をめぐる問題について法社会学の視点から分析・検討している、福岡大学の小佐井良太教授「例えば『スマートフォンをずっと見たわき見によって事故が起きた』と被疑者が述べたとき、事故がアルコールの影響によるものだと証拠に基づいて裁判の場で証明していくハードルがおそらく非常に高いと感じ、検察において危険運転致死傷罪による起訴をためらわせる原因になった」

内藤弁護士「検事も法律家です。被害者ご遺族の方あるいは一般の方が『これだけの結果を生じた事件なのだから、当然、危険運転致死傷罪を適用すべきだ』とお考えになっても、検事は法律家として、緻密にその部分を法律適用が可能かどうかという判断をします。ここで法律の解釈と、国民の感情・考えに乖離が生じてしまうことはやむをえないかもしれません」

 札幌地検は補充捜査を行った末、2014年10月、危険運転致死傷罪への訴因変更を札幌地裁に請求した。

 2024年10月、井上さん夫妻は群馬県トラック協会の集会で講演に立っていた。

保孝さん「私たちはあの事故の日以来、二度と以前と同じ生活に戻れなくなってしまいました。体の傷は皆さんにお見せすることができますが、目の前で子どもが焼き殺される、そういった体験をした私たちの喪失感、絶望感、心の傷は残念ながら皆さんにお見せすることができません。この心の傷をずっと、抱えて生活していかないといけないのかな、と覚悟を決めています。そんな私たちが何よりもつらいのは、その後も私たちと同じような思いをする被害者、被害者遺族の方が出ている、そういう報道を耳にし、目にすることです」

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伊勢崎 家族3人死亡事故

 2024年5月、群馬県伊勢崎市でトラックが中央分離帯を越えて乗用車に衝突し家族3人が死亡した事故で、警察はトラック運転手の男を危険運転致死傷の疑いで逮捕した。事故の後に、血液から基準値を超えるアルコールが検出された。

遺族会見にて死亡した塚越湊斗くんの祖母「そこまでお酒を飲みたいのなら、なぜトラックのドライバーをやっていたのか、犯人に聞きたいです。なんか悔しくて、悲しくて、気持ちがよくわからない」

郁美さん「ほんとに何にも変わってないと思ったんですね。私たちが25年前に東名での事故を起こされた時とほんとに似ている事件だな、と。職業運転手が業務中にわざわざお酒を飲んで、車のハンドルを握ってしまったこと。そして幼い子どもが犠牲になってしまったこと」

保孝さん「もう二度と私たちと同じ思いをしてほしくない。そういう思いで私たちは今も活動を続けています」
「『飲酒運転はゼロにできるはずなのに』という思いを持っての活動を死ぬまで続けていくことになるのかな。そういう意味ではまだまだやることがあるんだと実感として持ってます」

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大分 時速194キロ死亡事故

被害者である小柳憲さん姉・長文恵さん「夜中に、固定電話が鳴るっていうのは、いい知らせではない。電話をとった主人が私に『けんちゃんが…』と言ったので弟が電話をかけてきたと思ったが、その先に『亡くなったって』と続いたので驚きというか『なぜ?』という…」

 2021年2月、当時19歳の少年の運転する車が時速およそ194キロで走行し、交差点を右折しようとした小柳憲さんの車に衝突した。小柳さんは出血性ショックで死亡した。

長文恵さん「194キロと聞いたとき『聞いたこともないような速度だ』と思った。一般道ですよ」
「電話がかかってきて、検事が名乗ってその後に『この事故は過失で危険運転には問えませんでした』という話をされた」

郁美さん「『直線道路だから、適用できないんです』という説明を平気で被害者遺族にされていた。だが、私たちは『そんなことは法律に書かれていないのに』と思う」

 危険運転致死傷:次に掲げる行為を行い、よって、人を負傷させた者は十五年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は一年以上の有期懲役に処する。
二 その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為。

福岡大学の小佐井良太教授「自車の進行を制御することが困難な高速度でこれまで危険運転が認定された例は、典型的にはカーブでスピードを出しすぎたりして曲がりきれずに道路を外れて事故を起こした、こういった事案が典型だった」

2022年8月14日会見にて長文恵さん「検察官の説明としては、以下の通りでした。本件の加害者は衝突するまで真っ直ぐ走れている。例えばカーブを曲がり切れなかったというのなら、危険運転の証拠になるが、直線道路での走行を制御できていたということになるので、危険運転には当たらない」

小佐井教授「直線道路で進行を制御することが困難な高速度、この類型を認めることがこれまでなされてこなかったため、過去の裁判例に照らしたときにハードルが高い、このように検察の担当者には捉えられた」

長文恵さん「危険運転にならないって言われたときに『でもこんなスピードなんですよ。194キロって危険じゃないですか?』と(聞いたら検事は)『普通の感覚では危険だと思う』と。だけど『法の危険運転と致死罪の危険運転は違う』とおっしゃったんですよ。そしたら何キロだったら危険なのかなと」

郁美さん「もし悔しい思いをされていて、それでちゃんと危険運転致死傷罪を適用してほしいと思っていらっしゃるのであれば、闘う方法はいくつかあるよ、と私たちのほうからも助言させていただいた」

 その後、郁美さんは大分で署名活動に協力した。

郁美さん「多くの国民の声を受けて国が動いて、法律を作ってくれたのに、結局各地の検察庁がなかなかその法律を潔く使ってくれないことに遺族が苦しめられてる。こう聞かされると、私たちもいたたまれなくなってしまいます」

 2022年12月1日、大分地検は危険運転致死罪への訴因変更を大分地裁に請求した。

長文恵さん「電話1本でした。『危険運転で裁判所に請求しました』と言われたんです。驚いて郁美さんに連絡したんですよ。そしたらすごく喜んでくれて。『側にいたらハグしたいわよ』って言ってくれる。私も多分泣きながらしゃべってましたよね。こんなに嬉しいことはないという気持ちで」
「郁美さんたちも私たちが、こうやって辛い思いしてるっていうのを知ると、自分たちのことように悲しんで下さるんですよ。すごく応援して下さってるし、危険運転になるってなると信じてくださってるので、心強い」

 2024年11月5日、初公判で被告側は過失運転については認めたものの「危険運転致死にはあたらない」と起訴内容を一部否認した。

裁判長「判決は11月28日15時から」

(当時を振り返って)保孝さん「(東名の)事故が起きた日から2年目に出来た危険運転致死傷罪、それと同じ日に(大分の)判決が出る。危険運転致死傷罪が適用されるかどうか、これを裁判所が判断するのが同じ日だと。私としては本当に何か偶然以上のものがあるのでは、という思いをしてます」

郁美さん「裁判所が使っている物差しと、一般市民が持っている物差しがあまりにも違うんじゃないかと。今回の大分の194キロの事件の判決も果たして一般市民の感覚と裁判所が持っている物差しが近づいてきているのか、離れてしまっているのか、それを測る試金石になるかな、と思っています」

裁判長「主文、被告人を懲役8年に処する」

大分地裁は「制御困難な高速度だった」などとして危険運転致死罪を認め、当時19歳の男に対して懲役8年の実刑判決を言い渡しました。

小佐井教授「大分の裁判では、レーシング場での194キロの再現実験で実際にハンドルのぶれ、車体の揺れ、こうしたものがどのように現れるのか、それがドライバーの運転操作にどの程度影響を与えるのか試した。そして、一般道で194キロで車を走行させる、これはほんの僅かなハンドル操作のミスによって、重大な事故につながる危険性がある、このことを立証しようとした。検察側はそれに取り組んだ、こういうことだろうと思います」

判決後の記者会見で長文恵さん「この危険運転致死罪の意味そのもの、なぜ、この法律が作られてきたのかというのは悪質な故意犯を罰するためじゃなかったのかなって思うので。認められたっていうのは、今まで苦しかったですけど、でも今思えば当然であると思います」

内藤弁護士「どんな事件でもそれは重大な事件であることは変わりはないんですが、今回は特にご遺族や支援団体の方たちの声が県警や検察をさらに真剣にさせてその結果このような判決に結びついた印象は持っています。県警も地検も補充捜査は、大変な労力をかけたと思います。それによって結果がついてきた」

郁美さん「こういう画期的な判決が言い渡される日が娘たちの命日でもあり、危険運転致死傷罪が成立した、誕生した日でもある。空の上から、悪さというかいたずらをしてる子がいるんだなあと個人的には思った」

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天国にいる2人のために

郁美さん「事件や事故にあって被害者になってしまった人たちというご縁のあった方をお誘いしていて、それも奏子・周子が作ってくれた縁かな、と思ってます」

2024年の偲ぶ会で内藤弁護士「井上さんたちに初めてお会いしたのは25年も前です。私も皆さんと同じように井上さんたちによって人生を変えさせていただいた。井上さんたちに会わなければ私は今こうやって被害者を支援する弁護士にはなっていなかった。本当にそういう意味では、これから私もがんばっていきます。どうか皆さんも一緒にがんばっていただければと思います」

(偲ぶ会を振り返って)内藤弁護士「皆さん、事件で被害を受けた直後は本当にもう、『誰も助けてくれない。この世の中で自分たちだけ』みたいな時に、井上さんたちが助けてくれる、一緒に話を聞いてくれる。もうすばらしいという言葉では足りないぐらい、大切なことだと思っています」

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「いっち、にっの、さ~ん」

 短冊に書いたメッセージを風船で飛ばす被害者の遺族。

郁美さん「奏子・周子たちだけではなくお空にいる多くの被害者や遺族に向けて飛ばしてる風船。その他の被害者の方々にとっても大切な家族がいて、その人たちへのメッセージどうぞ書いてくださいと思っていて」

保孝さん「本当に25年経ったのかという思いもありますね。でも、まだ25年しかやってないという感じもあります」
「気持ちとそれから体力が続くかぎり、これはやらないと、天国にいる奏子・周子が『まだまだだよ』と言い続けるんじゃないかなと、思っています」

 井上一家の事故があった1999年に9000人を超えていた交通事故の死者数は2022年には2610人まで減少した。だが2023年、わずかながらも増加に転じ今年も11月末までに2376人の命が失われている。
ABEMA NEWS)
 

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