年齢や年収に応じて設けられた上限を超えた医療費が後から払い戻される「高額療養費制度」は“社会のセーフティーネット”として重要な役割を担ってきた。
【映像】現在、医療費上限8万円の人→2年後に14万円弱に?(グラフ)
この高額療養費制度について、厚労省は見直し案を示している。約10年間の平均給与の伸び率などを考慮し、今年8月に自己負担限度額を所得階層に応じて2.7%~15%を引き上げ、さらに来年、再来年、と2段階に分けて所得階層を細分化したうえで引き上げるというものだ。
例えば、年収700万円程度の人は現行では限度額が8万100円程度だが、2027年8月には13万8600円程度となり、約6万円の引き上げとなる。
「私たちを殺さないでください」と切実な声
一連の見直しにより保険料と公費負担を合わせて5280億円の削減になると見込んでいるが、野党からは「現役世代の保険料負担を抑える目的なのに、現役世代の患者さんの負担が増えるのは制度として矛盾しているのではないか」との指摘もある。
患者からも、引き上げの“見直し”を求める声が上がっている。全国がん患者団体連合会の天野慎介理事長は「今回の負担限度額の引き上げは、負担増はもとより受診抑制、治療継続の断念、生活や命の継続の危険に直接つながるものだ。特に困難が予想されるのが、長期にわたって継続して治療を受ける方で、ぜひ負担額の引き下げを検討していただきたい」と訴えた。
日本難病・疾病団体協議会の辻邦夫常務理事も「現役世代が、病気に苦しんでいる方の負担増によって負担が軽減されることを本当に喜ぶのかどうか。もっと他に手を付けるところがあるのではないか」と指摘した。
1月28日に行われた会見では、患者や家族などから寄せられたアンケートが読み上げられ、「私たちを殺さないでください」「生きることをあきらめさせないでください」などの切実な声があがった。
「まずは公平な『全世代3割負担』を実現するべき」
高額療養費制度の見直しについて、ダイヤモンド・ライフ副編集長の神庭亮介氏はこう語る。
「二言目には『現役世代の負担軽減』と言われるが、実際には(加入者1人当たりの保険料換算で)年間で最大5000円程度削減されるかどうか、という話。民間の保険でこれだけの手厚い保障を受けようと思ったら、かえって保険料の支出がかさんでしまう。そもそも所得が高い人は高額な社会保険料を払っているにもかかわらず、高額療養費制度を利用する際にもう一度重い負担を強いられるのは不公平だ」
「高額療養費制度で自己負担が抑えられているおかげで、病気になっても治療をあきらめずにすみ、職場復帰して再び税金や社会保険料も納められるようになる。今回の見直しは現役世代にとって本当に得なのか? 働いて稼ぐことが損になる状況は問題。現役世代はただ生きているだけで “現役世代罰”を受けていて、病気になったら“病人罰”まで受けるようなものだ」
さらに神庭氏は「もちろん、ある程度負担能力のある人が社会のために多く払うことは理解できる」としながらも、「応能負担(各自の能力に応じた負担)を測る際はフロー(月々の稼ぎ)だけでなくストック(資産)も見なければアンフェアだ」と指摘した。
患者らによる会見では、医療制度全体の中で「もっと他に手を付けるところがあるのではないか」という訴えもあった。この点について神庭氏は次のように説明した。
「医療費は現役世代が3割負担、高齢者が原則1〜2割負担。高額療養費制度を見直す前に、まずは公平な『全世代3割負担』を実現するべきだ。政治家には、3割負担に引き上げれば票田である高齢層から反発を受け、選挙で落とされるという不安がある。だからこそ『取りやすいところから取っておこう』と現役世代に負担を求めているのだろう。見え透いたやり口だ」
「死ぬことを受け入れ、子供の将来のためにお金を残すほうがいいのか」
家族を抱えて治療に取り組む現役世代からは悲痛な声も上がっている。
患者団体の会見で紹介されたアンケートによると、関節リウマチを抱えながら2人の未就学児を育てている30代の女性は「子供を養うため働く必要があり、高額療養費制度を利用し1回8万円以上の負担をして投薬を継続。働いて年収が増えても税金も増え、医療費負担額まで増える」、幼い子の母親である20代女性(がん患者)は「高額療養費制度を使っているが支払いは苦しい。家族に申し訳ない。死ぬことを受け入れ、子供の将来のためにお金を少し残すほうがいいのか」と訴えている。
「結局負担が現役世代に返ってきている」
そもそも「高額療養費の見直し」はどのような背景で出てきたのか?
法政大学経済学部の小黒一正教授は「現在、政府は賃金の手取りを増やすことに力を入れているが、高額療養費制度の見直しを含む医療制度等の改革は2023年12月に政府が閣議決定した『こども未来戦略』に関係している」と指摘している。
若い世代の所得向上や支援の拡充を目的とした、こども未来戦略の「こども・子育て支援加速化プラン」。予算は3.6兆円で、財源の一部は医療・介護などの社会保障改革により拠出することとなっているのだ。
神庭氏は「若い世代の所得向上や子ども・子育て世代を支援することが本来の目的だったのに、がんや難病になってしまった現役世代の方の負担を高める本末転倒な事態になっている。原点を見失い、めぐりめぐって結局負担が現役世代に返ってきている」と指摘。
神庭氏は「世代間対立を煽るつもりはないが、実際に世代間格差はある。その点を認識した上で、『本当に困っている人』『本当に余裕がある人』の定義をしっかりと定めるべきだ。社会保障は世代間の助け合いと言われるが、現役世代が高齢者を助けるだけでなく、高齢者の側でも『今は現役世代が大変なことになっているから助けよう』という雰囲気が醸成されるといい」と述べた。
(『ABEMAヒルズ』より)






