“南米の優等生”チリで極右大統領が誕生へ 当選背景に外国人問題 「不法移民を強制送還」と主張
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12月14日、チリで大統領選挙の決選投票が行われた。極右政治家といわれるホセ・アントニオ・カスト氏(59)が、現政権の後継である左派のジャネット・ハラ氏(51)を破り、2026年3月に大統領に就任することが決まった。

【図解】ベネズエラからチリなど南米各国への避難人数

ここまでのカスト氏の得票率は約60%で、事前の予測通りとなった。勝利の鍵は、多くの浮動票が「強硬的な外国人排除策」に流れたことだった。

豊富な鉱物資源から経済成長を続け、南米では比較的情勢が落ち着いている国チリで、極右の大統領が誕生する背景には、国境も接していないカリブ海に面したベネズエラ人の民族離散があった。

(テレビ朝日ロサンゼルス支局・力石大輔)

■「不法移民は去れ!」新たな“南米トランプ”

南米の地図
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カスト氏の公約は、分かりやすいものばかりだった。

「不法移民が治安を悪化させている、自己負担でチリから出て行ってもらう」

警察や軍隊を活用して、既に国内にいる不法移民を国外追放するだけでなく、隣国ペルーやボリビアとの国境に壁を建設し、新たな流入を防ぐという。

投票するカスト氏
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カスト氏は、米CIAの支援を受け、クーデターで軍政を敷いた当時のピノチェト大統領を正当化しているため、極右とされている。

1973年から始まったピノチェト独裁政権は、一時的に経済を回復させたが、言論の自由を制限して、左派を弾圧。1990年に民政移管された後には、多くのチリ国民が「二度と戻ってはならない負の歴史だ」と心に留めたという。あれから35年、ピノチェト支持者がチリの大統領となるのは、カスト氏が初めてだ。

歯切れのよい演説や、強硬的な姿勢など、米トランプ大統領を真似ている部分があり、アルゼンチンのミレイ大統領に続き、2人目の「南米のトランプ」とも言われる。

体感治安が悪化していたチリでは、これが支持を集めた。背景にあるのは外国人の急増だ。チリ統計局国勢調査によると、1992年にはチリの人口に占める正規移民の割合は0.8%(約10万5000人)だったが、2024年には8.8%(約160万人)まで上がっている。このうち46.1%がベネズエラからの流入で最も多い。

チリへの移民の数(チリ統計局 国勢調査)
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不法移民は現在、約33万人とされる。正規か不法かに関わらず、外国人の増加に伴い犯罪グループも増えた。

社会の耳目を集める凄惨な事件が起き、バーの営業時間は短くなっていった。その犯行の中心がベネズエラ人のグループだった。2024年、ベネズエラの反体制派の元警部補が首都サンティアゴで殺害された事件に関連して、2025年1月チリ当局は大規模な摘発を実施し、犯罪組織「トレン・デ・アラグア」のメンバー23人を逮捕した。

■他国の大統領選を左右“最恐カルテル”

「トレン・デ・アラグア」はベネズエラ発祥の南米最大級の犯罪カルテルといわれ、不法移民ビジネスから、暗号資産を使ったマネーロンダリング、麻薬の密売まで幅広く行っている。チリ16州のうち既に14の州で拠点を設け、これまでチリではあまり見られなかった、相手を委縮させるための猟奇的殺人や、性的搾取のための人身売買も行っている。

被害者の多くは、同じベネズエラ人だが、チリ人を含めた外国人の被害も増えている。アメリカにも勢力を拡大させていて、2期目の就任直後からトランプ大統領が名指しで批判し、2025年3月には、構成員数百人を中米エルサルバドルの刑務所(テロリスト監禁センター/CECOT)へ強制送還した。

チリのボリック大統領
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チリの左派、現ボリッチ政権は国民の声を受け、これまでも同カルテルや不法移民の取り締まりを強化していたが、今回の大統領選を決定付けるほどの大きな争点にはならないと考えていたようだ。

その後継で共産党出身のハラ氏は、社会保障の拡充を重点的に訴え、不法移民対策も公約に掲げたが人権も重視すべきだとした。カスト氏は取り締まり強化を掲げ、「チャーター便で有無も言わさず強制送還させる」と発言するなど、より強硬的な姿勢を鮮明にした。

チリ大統領選を戦ったハラ氏とカスト氏
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チリでは国政選挙への投票は義務で、違反した場合は罰金を支払う場合もある。ハラ氏は組織票の取りまとめを得意とするが、無党派層の多くは「身近な治安問題」という一点でカスト氏に流れた。

■ベネズエラ人を民族離散に追い込んだのは

なぜ大統領選の結果を決定付けるほど、ベネズエラ人はチリに集まったのか。根本的な原因は、ベネズエラの経済困窮だ。

元々は産油国として経済成長が見込まれ、1980年代にはイタリアやポルトガルからも、ベネズエラへ移民が渡っていた。しかし、独裁色を強めたチャベス前大統領、後継のマドゥロ大統領の経済失策で通貨が破綻、一気に最貧国へ転落した。

ベネズエラのマドゥロ大統領
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2022年の国際通貨基金の調査によると、ベネズエラの国民の貧困率は96%、79%が極度の貧困状態だ。2021年の国連食糧農業機関の調査では、国民の30%以上が栄養不足に陥っているという。

2010年代には、頼みの綱だった原油価格が下落し、国外脱出を目指す人が急増。ベネズエラ人は、アメリカ大陸を中心に世界中へ散らばった。ユダヤ人やアルメニア人と同じように、ベネズエラ人は民族離散(ディアスポラ)した。現在、人口約2850万人のベネズエラで、これまでに790万人ほどが経済的困窮を理由に母国から避難した。実に国民の2割以上が流出した計算だ。

ノーベル平和賞の授賞式に参加できず、ノルウェー・オスロで会見したマチャド氏(写真:ロイター/アフロ)
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ベネズエラの独裁に抵抗を続けて、2025年のノーベル平和賞を受賞した民主活動家、マリア・コリナ・マチャド氏は、ベネズエラにメダルを持ち帰ると宣言した。道中でベネズエラの亡命者や避難民が多く暮らすスペインなどを訪れる計画だと報道されている。

■「自国ファースト」移民を押し付け合う世界

中南米では、ベネズエラ人の移民が当たり前のように存在している。

確かに、筆者が取材で訪れたメキシコやコスタリカの街中にも、ベネズエラ人のグループが物乞いをしたり花を売ったりして、何とか生計を立てていた。

【地図】ベネズエラからの南米各国への避難人数
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そしてカルテルは、こうした困った人を巧みに巻き込んでいく。例えば、避難を手助けする見返りとして麻薬の密輸を強要したり、家族を殺すと脅し無理やり構成員にさせたりする。

例えば、アメリカと接する国境の町、メキシコ・ティファナで、不法移民をアメリカ側へ案内するメキシコ人の“コヨーテ”と接触したが、普段は善良そうな顔で、自動車の修理工場で働いていた。元は彼もアメリカへの移民希望者で、(詳細は明かしてくれなかったが)何かを人質に脅されていて、好きでコヨーテをやっている訳ではなかった。

こうしたグラデーションの中で、犯罪カルテルと移民(避難民)は溶け合っていき、犯罪者なのか、救うべき人なのか、街場のレベルでは分かりづらくなっていく。

■ベネズエラからの避難民を待ち受ける困難

カスト氏の勝利に備え、チリに不法滞在していたベネズエラ人は、隣国との国境に集まり始めている。ペルー政府は「ウチに来られたら困る」と緊急事態宣言を出し、国境に軍を導入した。トランプ大統領は、ベネズエラからの亡命希望者の保護政策を取りやめ、国外追放を進める構えだ。

ペルー国境に溜まるチリからのベネズエラ避難民
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アメリカは麻薬密輸を理由にベネズエラの船への海上攻撃を続けていて、トランプ大統領は「本国の地上攻撃も始める。簡単だ」と発言している。本当に米軍がベネズエラ本国を攻撃することになれば、さらに多くの人々が、国外へ逃げ出す。いまは、ベネズエラ移民の受け入れを進める周辺国も、耐えられなくなるかもしれない。ベネズエラ人を一部の国だけで保護するのは、もう不可能だ。

ただ一定水準以上の富を蓄えた国 では「自国ファースト」がもはや常識だ。「国際協調」という余裕は、どの先進国にもない。例えば、アジア通貨危機(1997年)や南スーダン和平合意(2018年)では周辺国が関与して良い結果をもたらしたが、「失敗したら助け合って危機を最小化する」という保険はもうないのだ。

政治、経済、外交、たった一度の失敗が決定的な危機を招きかねない状況はもちろん日本でも同じだ。

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