「SNSさらし」は正義か私刑か 誰もが“監視カメラ”を持つ失敗できない社会の危うさ 識者が鳴らす警鐘 ひろゆき氏は「さらす方が抑止力になる」と持論

ABEMA Prime
(3/4) 記事の先頭へ戻る

■識者が警鐘を鳴らす「野放しの正義」のリスク

SNSさらしをする人
拡大する

 SNS上のトラブルに詳しいライターの武藤弘樹氏は、現在の「さらし行為」が社会的に議論されないまま拡大している現状に強い危機感を覚えている。さらし行為がもつ構造的な問題に「さらしについて、そもそもみんなで真剣に考えてこなかった。あまりにもたくさんあるのに、現状は野放し。確かに目の前でポイ捨てをされてムカつく心情は理解できるが、顔が映った状態でさらしてしまうと、バズった時に制裁が人の手を離れてコントロールできなくなってしまう。群衆心理でどんどん騒動が大きくなり、際限なく先鋭化していくリスクがあるため、どこかで線引きをしておく必要がある」と指摘した。

 法的なリスクについても議論が及んだ。たとえ相手がマナー違反を犯していたとしても、個人の顔や情報を拡散する行為はプライバシー侵害や名誉毀損に問われ、刑事的な罰則や民事的な損害賠償を求められるリスクがある。やきめしおさんは「顔が特定できないような距離感や考慮はしているつもり」と述べているが、武藤氏は、一度拡散が始まれば投稿者の意図を超えて「過剰制裁」が起こりやすい仕組みがあることを強調した。

■「監視社会」をどう生きるか SNSとの向き合い方
この記事の写真をみる(6枚)
このまま画像を見る
続きは広告を見た後にご覧いただけます
クリックして広告を見る