1999年11月13日。高羽さんが事件当日について振り返る。「当時、私が土日出勤で、名古屋市北区にあるタワーマンションの最上階で販売担当としてそのモデルルームにつめていた。そこへ、私のアパートは201だが、斜め上の302の奥さんから、奈美子が吐血して倒れているので至急帰ってきてくれということで。タワーマンションですから、42階から地下の5階の駐車場まで行くエレベーターもすごく長く感じた。そこからまた地上へ出る、車を運転しながらの(時間も)すごく長く感じて。10分か15分後ぐらいには家に着いたんですけれども」。
「吐血して倒れていると聞いたのだが、私は殺人だなんてつゆとも思わず。そんな吐血するほどの持病もないし、何が起こったんだろうと思って部屋に入った。その時にはもう救急車は来ていた。玄関に今思えば安福被告の血なのだが、それがあったところに救急隊員の3、4人の靴が置いてあって、私はそこの空いたスペースに靴を置いて、廊下へ入ったんですけれども、血痕がずっと続いていた。その先に、奈美子が居間から廊下へ膝から下を出して、居間の方へ上半身が倒れていて、顔を右にしてうつ伏せで倒れていた。その胸の下はすごい血だまりだったものですから、一目見て、これはもう死んだんだなということはわかった。ただ、倒れた顔は眠るような顔で苦しそうな顔もしていなかったものですから」
「だけど、吐血して人間が死ぬということは、すごい血が出るんだなとは思った。その後、救急隊が引き上げて、鑑識に引き継ぐと言われた。若い女性がそんな吐血して倒れたんだから、やっぱり死因とかを調べないといけないんじゃないかと思いまして、鑑識が来るというので、そんなものかなと思って。鑑識の人がどんどん部屋の中に入っていく。でも、15分、20分経っても誰も何も言ってくれないので、出てきた人を呼び止めて、『中はどうなっているんですか?』と言ったら、向こうが『ええ?』みたいな顔をしたものだから、こっちも『あれ?』と思うじゃないですか。そうしたら、『首を切られている』と言われた。『首を切られているということはどういうことですか?』と私が聞いたら、『それは自分で切ったかもしれないし、人に切られたかもしれない』と言われて、その時初めて、これは殺人事件なんだということがやっとわかったぐらいで、その時点で本当にびっくりした」
「事前にいたずら電話があったとか、郵便ポストにいたずらされていたとか、そんなことは一切なかったものだから、本当にびっくりした」
「首を切られて亡くなった」頭に浮かぶ人はいたのか
