さらに追い打ちをかけたのが相手の家族の反応であった。彼の家族からは「それは本当にウチの子の子なの?」と疑いの目を向けられ、「おろして欲しい」と告げられることもあったと振り返る。誰からも「おめでとう」と言われない孤独な状況の中で、ミクモさんは友達も親も大人全員が敵に見えていたと当時の心境を吐露した。
そんな絶望的な状況下で彼女の支えとなったのが、当時の母子手帳に綴った自らの誓いである。「辛くて辛くて泣いてても、みんな敵にみえても、赤ちゃんだけは味方してくれてる気がして、絶対後んで幸せなる!って決めれた。ありがとう。」と記しており、ミクモさんは自らを奮い立たせ周囲の反対を押し切って15歳で出産に踏み切った。その後、相手と結婚し生活を始めたものの、暴力などの困難に見舞われ、娘を抱いて警察へ逃げ込むという凄絶な経験を経て17歳でシングルマザーとなった。現在は親戚の一軒家を借りて娘のアオと二人三脚で暮らしながら、かつて自分を救ってくれた助産師の言葉を胸に、自らも助産師を目指して看護学校に通っている。
