“海底の戦闘機”引き揚げ 「紫電改」81年ぶりの姿は

“海底の戦闘機”引き揚げ 「紫電改」81年ぶりの姿は
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 鹿児島県の沖合で、海に沈んだ旧日本軍の戦闘機が引き揚げられました。81年ぶりに姿を見せた機体はどのようなものなのでしょうか。

【画像】形として後世へ 引き揚げられた“海底の戦闘機”

“紫電改”引き揚げのワケ

引き揚げられた「紫電改」
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 8日午後2時半ごろ、海底から引き揚げられ飛行機のような面影があるこれは、太平洋戦争末期、実質的な日本海軍の主力機として期待を背負った“紫電改”です。

太平洋戦争末期 実質的な日本海軍の主力機として期待を背負った
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紫電改・林大尉機を引き揚げる会
肥本英輔代表

「終戦末期に大慌てで、日本本土防衛のために必要な戦闘機ということで、局地戦闘機という言い方をするが。彗星(すいせい)のように現れたのが、この紫電改だったということ」

 しかし1945年の4月、林大尉が搭乗していた紫電改は、アメリカ軍の「B-29」編隊と交戦の後、鹿児島県阿久根市沖に不時着水しました。

 直後に終戦を迎え、紫電改はその後、海底で80年を超える永い眠りにつきます。

プロペラがあったと思われる戦闘機の先端部分
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 紫電改があった場所は砂浜もハッキリと見える沖合数百メートルの地点。先へ進むと、太陽の光が届く水深およそ3メートルの地点で姿が確認できました。

 その機体を見てみると、プロペラがあったと思われる戦闘機の先端部分に、翼も確認することができます。

 長年この地に横たわる紫電改を、なぜこのタイミングで引き揚げるに至ったのでしょうか。活動の中心となっている団体の代表に聞くと。

引き揚げのワケ
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肥本代表
「戦争があったことすらよく知らない人が増えている。『実際のものを形で見てもらいたい』」

“海底の戦闘機”81年ぶりの姿

 戦争を風化させず、形として後世へ語り継ぐために。

 そして迎えた8日、大勢に見守られる中、81年ぶりに機体が海面を離れました。

81年ぶりの姿
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 当然傷みはあるものの、しっかりと紫電改の姿が残っていました。

 数時間に及ぶ引き揚げ作業を無事に終え…。

紫電改・林大尉機を引き揚げる会 肥本英輔代表
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肥本代表
「本当きれいな姿で。体は傷ついているけど、きれいな姿で残っていたのが本当にうれしくて、それだけ」

 紫電改は今後、機体を修復したうえで展示を目指すといいます。

(2026年4月8日放送分より)

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