映画出演の経緯について北大路は「『親子鷹』を私に勧めてくださったマキノ光雄という大プロデューサーの方が両親を説得して。ある意味では強引だったんですけど」と、日本映画界の超大物プロデューサーの名前を挙げ、銀幕の裏側にあった意外な攻防を吐露。
さらに「でも光雄さんと直接お会いして、台本を目の前にして『これを君がやりなさい。もう、どんなことがあっても私がフォローをする。だから絶対心配しなくていいんだ』っていうことを言われて。ちょっと子供心に、なんかそこに喜びがあったのかな」と、伝説のプロデューサーに心を動かされた瞬間を回顧した。
このエピソードに黒柳が「すごいね、まだ小学生(なのに)」と目を丸くすると、北大路も「ええ。それで、少し時間くださいって言って、何日かいただいて」と、少年時代の葛藤を告白。しかし、最終的には自らの意志で道を選び取ったという。「そのマキノ光雄さんのお言葉が、やっぱりすごく僕を押してくれたんですね。それで何日か経って父親の前行って『やらせてください』とこう言ったんです」と、運命を変えた一言を噛み締めるように述べた。
愛息の決断に、父・市川は激しく動揺したという。北大路は「『やるのか、本当にやるのか』『大変だぞ!』というその響きは、今でも消えません」と当時の父の形相を克明に想起。「そういうその思いを私にぶつけてくれましてね。でももう返事しましたから」と、不退転の決意で臨んだあの日を慈しむように微笑んだ。
最後に、「そのマキノ光雄さんは(父と)仲が良かったんで『光っちゃんにこれから連絡入れてね、全て任せる。私は一切口出ししない』ということでスタートしたんですよ」と、偉大な父が示した覚悟と信頼を述懐した。
(『徹子の部屋』より)

